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2011年9月23日

2626 飲酒運転を一律に免職とする制度運用は硬直的すぎる:最高裁決定

酒気帯び運転は許されることではありませんが、飲酒運転による幼児3人死亡事故を受けて厳格化されていた「酒気帯びは免職」という指針を、神奈川県教委は最高裁決定にしたがって見直すそうです。

「水清ければ魚棲まず」とも、「過ぎたるは及ばざるがごとし」とも申します。真面目な日本人は、「斯くあるべし」という規範を、「斯くあらねばならぬ」と読み替え、構成員に強請する傾向が有るように思います。

その意味で今回の最高裁の決定は悪くもないと感じます。

ーーーー今日のニュースーーーーーーー
「酒気帯びは免職」見直し 最高裁決定で神奈川県教委
2011.9.22 21:50
 神奈川県教育委員会は22日、酒気帯び運転した教職員は原則、懲戒免職にする指針の運用を見直し「個別ケースを総合的に勘案して処分を決める」と発表した。

 平成19年に酒気帯び運転で懲戒免職とされた同県鎌倉市の中学教諭(51)が処分取り消しを求めた訴訟で今月8日、処分取り消しが確定したため。県教委は22日、この教諭をさかのぼって19年12月から6カ月間の停職処分とした。

 県教委によると、教諭は19年、飲酒後にミニバイクを運転して摘発された。21年に免職処分取り消しを求め、横浜地裁に提訴。一、二審は「飲酒運転を一律に免職とする制度運用は硬直的すぎる」と教諭の主張を認め、最高裁も県の上告を受理しない決定をした。

 県教委は18年に福岡市での飲酒運転による幼児3人死亡事故を受け、飲酒運転や酒気帯び運転した場合は原則免職とするよう指針を厳格化した。
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注:
水清ければ魚棲まず
自らの身を正しくして清廉潔白なのは、よいことには違いないが、あまり度がすぎると、他人のあらを見つけてはとがめだてするようになり、しまいには友人を失い、孤立してしまうようになる恐れがあります。出典の「漢書」「宋名臣言行録」によれば、「水至って清ければ、則ち魚なし。人至って察なれば則ち徒なし」となっているそうです。
つまり「あまりきれいな水には魚が住めないし、潔白すぎて、他人をとがめだてするような人は、仲間がなくなる」と述べています。

過ぎたるは、なお及ばざるが如し
何をするにも、いき過ぎになっていると、それがどんなに良いことでも、むしろ不足ぎみや、不満足な状態と変わらないのです。過度になってしまうようであれば、むしろ控え目にしている方がよろしいようです。
 孔子の高弟に子貢という人がいました。彼はなかなかの人物でしたが、人物評が好きで、孔子はややもてあまし気味のようでした。
 あるとき、子頁は同門の2人を比較して、「どちらが賢明ですか」と尋ねました。孔子が「A氏の方は度が過ぎているし、B氏の方はやや不足ぎみだ」と答えると、子貢はすかさず「すると、A氏の方が優れているのですね」と重ねて尋ねました。これに対する孔子の答えが、「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」だったのです。

 子貢はもちろん、学問がよくでき、しかも頭の鋭いA氏の方がB氏より優れているという返事を期待していたのでしょうが、孔子は期待に反して、「おなじようなものだよ」と答えたのでした。この返事のなかには、ものごとはなんでも、行き過ぎの状態よりもむしろ、つつしんだ方がよいという暗示がこめられています。とりかたによっては、子貢の才気を押さえるための言葉かも知れません。

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