お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2011年9月19日

2616 暮らしへの眼差し-柳宗悦展を銀座松屋で見て来ました

mono103756_pho01
先日もご案内しました暮らしへの眼差し-柳宗悦展を銀座松屋まで行ってみてきまし
た。父も好きだった民芸品集め、その民芸と言う言葉を作り、名もない職人の創った作品の中にこそ美があると言ったこの道の神様がこの柳宗悦(そうえつと呼び習わされていますが、むねよし、と読むのが正しいらしいです。)

彼自身も海軍少将の息子で、学習院から東大に進んだすぐれた毛並みの人。
柳宗悦は文芸誌『白樺』(1910~1923年、明治43~大正12)の中心メンバー。白樺の創刊に関連した友人も武者小路実篤ほか錚々たる面々。

余計なことですが、友人のバーナード・リーチ、濱田庄司(陶芸)、河井寛次郎(陶芸)、芹沢銈介(染色)、棟方志功(版画)と誰を取って見ても一流の作家であり芸術家。いったい彼は何の収入で暮らしていたのか?なんて考えてしまいました。思想家、美学者、宗教哲学者とされていますが、美術評論で生計が立ったものなのでしょうか?クラレの大原一族の様なすぐれたパトロンがついていたということななでしょうか?展示の一部に声楽家の奥さんが家計を支えたようなことも書いてありましたが。
ーーーーーーー
「没後50年・日本民藝館開館75周年 -暮らしへの眼差し-柳宗悦展」
2011年9月15日(木)-9月26日(月)
入場料 一般1,000円 高大生700円 中学生以下無料
http://www.matsuya.com/m_ginza/exhib_gal/details/20110915_yanagi.html

「民芸(民衆芸術)」という言葉は柳宗悦らが1925年(大正14年)に作ったもの。名もない職人がつくって庶民が使っている食器やら箪笥やら織物やらが芸術だなんて、誰も思ってなかったのを、「そこにこそ”健全な美”がある」と高らかに提唱した。

 自然の恵みや伝統の力といった、他力をも味方につけた工人(職人)の虚心な手仕事によって生まれた民藝品がなぜ美しいのかを、柳は「民藝美論」と呼ばれる独自の理論によって説いた。他力の力をも受け取ることによって、はじめて生まれ出るものであると説くこの独自の美論は、仏教の他力本願の思想になぞらえて、「美の他力道」という言い方もされる。なお、柳が生涯をかけて構築したこの仏教思想に基づく新しい美学は、柳自身の美的体験に深く根ざすものであった。柳は美の本性に触れるには、何よりも「直観」の力が不可欠であると説いた。「直観」とは、人間が本来持っている美を感受する本能的な力であり、知識や先入観によるのではなく、囚われのない自由な心と眼によって純に対象物を観ることである。この「直観」の重視は、初期の思索より一貫している柳の最も特徴的な方法論で、生涯にわたる思索と行動の原理となった。(日本民芸館HPから)

ph_yanagi5今日の決め台詞は何かと考え、この絵ハガキも買ってきました。

『美の法門』は、『無量寿経』の「弥陀の48願」の第4願、通称「無有好醜の願」で始まる。阿弥陀如来がまだ菩薩だったころ、「この48個が実現しなければ私は如来になりませんように」という願をかけたうちの、4つ目にあたるっそうだ。

======無有好醜の願=====
(漢文)
設我得佛 國中人天 形色不同 有好醜者 不取正覺

『浄土三部経(上)』岩波文庫

この柳の書「無有好醜」も展示されていた

「普通に常識が言う美しさは、美醜が二つに分かれて巳後(いご)のことである。だが二つに未だ分かれてない巳前(いぜん)の美をこそ訪ねねばならない」(『美の法門』)。

t02200311_0300042411491952647

Categorised in: 未分類