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2011年7月22日

2458 大鹿歌舞伎のお話と原田芳雄氏への追悼

N0033679_l(試写会であいさつをした生前の原田芳雄)

大鹿村は飯田市のやや北で中央道松川インターあたりから天竜川を超えて東に入った所です。パワースポットの先駆け文杭峠もこのあたりのはず。中央新幹線の長野県部分が南アルプスをくぐって地上に出る辺りでもあります。

 この村を舞台にした大鹿歌舞伎をテーマにした映画が公開されています。先日なくなった俳優の原田芳雄さんがその主役をつとめ、今の大きな話題になッています。原田さんへの追悼を申し上げます。

 実は、飯田地方と歌舞伎の縁は最近の話ではありません。私の義父の故郷である飯田の南10キロに有る旧川路村には、江戸時代に江戸歌舞伎の一座を招聘したという歴史があります。まずはそに話から見ていただきましょう、

ーーーー引用(リンク)ーーーーーーー
飯田川路その一 江戸の名優が訪れた舞台の跡

 151号沿いの飯田市役所川路支所付近には,幕末に歌舞伎の舞台が建っていた。遺構はなく,支所の一角に小さな案内板が立てられているのみである。

 舞台が作られたのは天保3年(1832)。地元の有志が江戸歌舞伎の有名一座を招いて公演を行おうと企図したのがきっかけである。川路は農地の開発により比較的豊かで,また尾張徳川家と深いつながりのある美濃国高須藩(現在の岐阜県海津町周辺)の所領であったため,こういった興行への規制もなかった。しかし通常,有名一座の歌舞伎公演は大きな都市でしか行われない。飯田でならまだしも,川路のような場所での公演はあまり例がない。

 舞台の建設には3年かかり,費用のほとんどは住民が負担した。この川路の舞台で最初に演じたのは,3代目尾上菊五郎一座の77人。天保5年の10月に,13日間公演した。前の月,菊五郎一座は吉田(豊橋)にて公演しており,吉田から北上して川路入りした。

 その後,川路の舞台で公演したのは,天保13年に7代目市川団十郎一座,弘化3年(1846)に板東三津五郎一座など錚々たる役者たち。7代団十郎は公演後,天竜川を舟で下って秋葉神社に参り,その後江戸へと帰っている。

 舞台は明治以降,小学校の教室として使われたという。
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さて、今話題の映画大鹿村騒動記とは?公式ホームページから。少し長いですが、そのあらすじを拾って見ます。

ーーー大鹿村騒動記あらすじの引用(リンク)ーーー
長野県下伊那郡、大鹿村。南アルプス山麓の谷間に位置し、四方を山で囲まれたこの地では、三百年以上にもわたり村歌舞伎の伝統が守られてきた。シカ料理店「ディア・イーター」を営む風祭善(原田芳雄)は、その大鹿歌舞伎に人生を捧げてきた花形役者だ。ひとたび舞台に立てば、村人の喝采を一身にあびる存在。だが実生活では女房に逃げられ、哀れ独り身を囲っている。都会からアルバイトに応募してきたワケありそうな青年・雷音(冨浦智嗣)に「この村じゃ芝居しないと嫁が来ない」と強がってみせたものの、全身からにじむ屈託は隠せない。

公演を五日後に控えたその日。村役場の会議室は、リニア新幹線の誘致をめぐってモメにモメていた。「駅ができりゃ若い奴が戻ってくる」と主張する土木業の権三(石橋蓮司)と、「農業を捨てる人間が増えるだけ」と反論する農家の満(小倉一郎)。なだめ役の商店主・玄一郎(でんでん)。全員、村歌舞伎の役者だ。東京に出ていった男と煮え切らない関係が続く総務課職員の美江(松たか子)は、思案顔。バス運転手で女形の一平(佐藤浩市)が横目でそれを気にしている。ひとり善だけが、「早く稽古しようよ」と歌舞伎で頭がいっぱいだ。今年の演目『六千両後日文章 重忠館の段』は、大鹿歌舞伎きっての代表作。平家滅亡の後日談を描いたこの一大スペクタクルで、源頼朝を相手に大暴れする”敗残のヒーロー”景清こそ、善がずっと演じてきた十八番の役だった。

ところが、ようやく稽古が始まったところで、とんでもない事件が起きてしまう。十八年前に失踪した妻の貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)が突然戻ってきたのだ。あ然とする善に「ごめん、どうしようもなくて……返す」と詫びる治。聞けば貴子は認知症を煩い、自分が駆け落ちしたことさえ忘れてしまったという。思わず「目ん玉くり抜いてやる」と殴りかかる善だったが、少女のように無邪気な貴子に水をかけられ戦意を喪失。その夜、成り行きで二人を泊めてしまう。貴子が布団に入った後、気まずい表情で酒を酌み交わすかつての親友同士。翌日、去ろうとする治に、善は「歌舞伎、見ていかないのか」と声をかける。

金のない治は温泉旅館を経営する一夫(小野武彦)のもと住み込みを始め、貴子はそのまま「ディア・イーター」に落ち着いた。アルバイトの雷音は、舞台の黒衣を務める青年・寛治(瑛太)が気になるらしい。一方、善は割り切れない思いを抱えたまま、リニア問題で喧嘩した仲間の間を走りまわっていた。駄々をこねるメンバーを訪ね、おだてたりすかしたり…。だが、家に帰れば容赦のない現実が待っていた。台所の食材を片っ端から口に入れ、善が好きな味付けも忘れてしまった貴子。なぜか雷音は貴子をかばうが、善の心は暗くなるばかりだ。

あるとき貴子は、村の商店から勝手に品物を持ち出してしまう。必死で謝る夫を尻目に「何もしてません」と言いはる姿に、ついに善の気持ちは切れてしまう。「これじゃ景清なんかやれない」。ところが、歌舞伎保存会の長老・義一(三國連太郎)に詫びようと立ち上がったその瞬間、横から貴子の声が聞こえてきた。「ハテ合点の行かぬ、心有りげな夫の詞…」。景清の相手役である道柴の台詞。かつて舞台で演じ、善と結婚するきっかけになったこの役を、全ての記憶が曖昧になってもなお彼女は覚えていたのだ。

いよいよ明日が本番という日。最大風速三十メートルの暴風雨が村を襲い、女形の一平が土砂崩れに巻き込まれてしまう。幸い命は助かったものの、とても舞台には立てない状態だ。病院に駆けつけた善を前に、一平は思いがけない提案をする。そしてちょうど同じ頃、家の窓から激しい雨を見つめていた貴子は、何かを思い出したかのように、ひとり台風の中へと飛び出していった──。

サテ三百年の伝統はここで途切れてしまうのか。はたして『六千両後日文章 重忠館の段』の幕は無事開くことができるのか。小さな村を巻き込んだ大騒動の、行方やいかに!?
ーーー引用終了ーーーーー

ということでした。
長野県飯田市辺りにもお出かけください。

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