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2011年6月22日

2369「雨止(あめやみ)地蔵」が転化して「目疾(めやみ)地蔵」?

今日も”眼”の話題を探していましたら、こんな記事もありました。

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京都の仏像:/142 目疾地蔵 /京都 (東山区・仲源寺)

 ◇優しいまなざし
 平安時代の治安2(1022)年、仏師定朝が四条橋の北東に地蔵菩薩をまつったのが由来とされる丈六の坐像。お堂の奥で、大きな錫杖(しゃくじょう)を手に、どっかりと座っている。

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 お地蔵様の優しさを物語る伝説がある。安貞2(1228)年に鴨川が氾濫した時、この地蔵がおぼれた人たちを救う姿が見られ、それ以来「雨止(あめやみ)地蔵」と呼ばれるようになった。また、信仰厚い老夫婦の眼病を自らの右目に移して救ったとも。言葉が転化して「目疾(めやみ)地蔵」とも呼ばれるようになり、眼病治癒に御利益があると今も厚く信仰されている。

a0045381_22234226 よく見ると、本当に右目が少し赤く充血しているように見える。優しいまなざしで、移り変わる繁華街をじっと見つめ続けている。拝観自由。

 京都市東山区祇園町南側585 電話075・561・1273【花澤茂人】:: だそうです。(毎日新聞地方版、記事にリンク
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清澤のコメント:写真はよそからお借りしました。この写真を見ただけでは右目が赤いかどうかはよくわかりませんけれど。

眼疾を癒すという仏や地蔵は少なくないようです。うちの近くでも高円寺の南方の厄除け聡祖師妙法寺に、似たような言い伝えのあるお堂があります。

ここには「学問と眼病の守護」と崇められる日朝上人の像が「日朝堂」に奉安されています。妙法寺は、こんなところにこんなに大きな寺院があるかと思う様な広大で静謐な寺ですが、その中に日朝堂は静かに立っています。
妙法寺のページを探して見ましたら以下の記述がありました。

ーーー引用開始ーーー
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日朝堂は、文政10(1827)年に再建願いが出され翌文政11(1828)年に竣工されましたが、すでに明和6(1769)年以前にも建立されていたようです。

日蓮宗の代表的教学者として宗門内外に高名であった日朝上人は、身延山第11世の法主となったのちも、布教・教育に尽力しましたが、やがて眼を患いました。

日朝上人は、眼病守護の尊像をあらわして祈願をささげました。法華経の法師功徳品第十九(ほっしくどくほんだい19)を読誦し、その功徳を身と心に刻み、その教えである「信心の功徳」「勉学に励んで学業が成就する功徳」を研鑽しました。

快復の後、自身と同じように眼病を患った人々を救わんと願を立てられたことから、「眼病平癒」の信仰をかけられる聖者と崇められました。また稀世の学匠であったことから、「学業増進・受験合格等」、勉学の願いが叶えられることでも有名になりました。

「清浄の肉眼」と「心の眼」をひらいた日朝上人は、“眼病守護の日朝さま”“学業成就の日朝さま”と崇められるようになりました。江戸の町人達は、日朝上人の信仰に熱心であったようで、「家内安全・子孫長久」や「眼病平癒」の祈願がされていたようです。今では受験シーズンになると多くの人が訪れ、「学業成就」の祈願をします。 

毎年、日朝上人の御命日にあたる6月25日には、「日朝上人大祭」と称し、報恩感謝の法要が奉行されています。   ということです。 
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江戸時代から多くの日蓮宗の信者を集めていたところのようです。環状7号線の高円寺陸橋の南当たりです。
機会があったらお訪ねください。その6月25日も間もなくですね。

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