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2011年5月8日

2247 いつかX橋で 熊谷達也 をよみました。

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娘を連れてはいった駅前の書店で平積みの文庫本の表紙に”X橋”とあったのでまさか仙台のと思いながら手にした本でした。やはり仙台駅の北にかかっている袴線橋の宮城野橋でした。

 仙台空襲は1945年7月と終戦の直前です。

 (まだこの作品を読んでいない方はネタばれに注意)

 空襲で住む家と母妹を失って身一つになった師範学校生徒で17歳の主人公祐輔ですが、母と妹を火葬してもらった隠亡の世話になり、火葬場で寝起きするようになります。

二日町に住んでいて、母を眼の前で失い、妹と北に向かって青葉神社まで逃げたが、やけどで妹を失います。自宅に戻ってそこから死体を担いで北山(三条町)の火葬場に運んだというのは、仙台市西北部の地名を知る者には有りうべき距離かと感じられれました。

確かに師範学校は北6番の上杉山通りあたりで、現在の付属小中学校の所に有ったのだでしょう。この師範学校も戦後は一時東北大に合併されてから、教師の養成部門だけが宮城教育大に別れたという名門校です。

終戦の当時、仙台は焼け野が原で大学病院から仙台駅が直接見えたという話は私も在仙時代によく聞かされたものでした。

大学病院の裏を北に山までを結ぶのが新坂通りなのですけれど、あの細い道には並木が作られる幅は戦後までずっと無かったのでは?新坂通りから火葬場までの寺が並ぶ道はなぜか私が住んだ昭和47年頃でも広く、空襲にもあってなかったはずなのにどうしてと思ったものでしたが。主人公が火葬場の薪に伐った街路樹はその通りにでもあったのかと思いながら読み進みました。

中盤からは、戦後色の強いX橋の周辺と駅の東側辺りが舞台となります。
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特攻隊の生き残りの少年と知り合い、駅裏のルイジアナというありそうな名前の木造バーの二階に転がり込みます。母を失って天涯孤独になってしまいパンパンに身を落としていた少女との運命的な再会。有りうべき話ではあるのですけれど、叔父が彼女を売春宿に売ってしまったという設定は少し安易かと感じました?もしあるとすれば、叔父の家には居られなくなって叔父の家を出たという説明が妥当でしょう。

ヤクザの傘下に入った親友が祐輔のために米兵を殺してしまい、米軍を恐れ親友を捕えた地元のヤクザの宮町の家に彼の命をもらいうけに行きます。ヤクザの親分は主人公の母を愛人とした人であって、妹の父であって助かるかと期待するが、という展開にも多少無理があるような印象。

助けを求めたのが南鍛冶町のオート屋というのも懐かしい地名でした。最後まで主人公はX橋で屋台を引くことを夢見るのだけれど願いはかなわず倒れる。

多少の構想の荒さは感じましたが、戦後の仙台駅付近の雰囲気は十分に懐かしく感ずることが出来ました。登場人物の使う仙台弁も、仙台で昭和の一時を過ごしたことのある私にはとても温かさを感ずるものでした。

きっと忘れられない作品となることでしょう。

いつかX橋で (新潮文庫)
著者:熊谷 達也

出版社:新潮社  価格:¥ 780

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