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2011年5月5日

2233 学校では教えてくれない日本史の授業:井沢元彦:を読みました

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この連休にはこの本を寝転がって読んでいます。

この作者は逆説の日本史という大きなシリーズの日本史の連作を書いていますが、その総集編ともいえる作品です。日本では歴史が時間的にも細切れにされ、また宗教・政治・経済等の分野も分断されてしまうので実のある歴史の議論が出来なかったというのがこの著者の意見。解りやすくそうだったかと思わせる小話が並んでいます。

競争や闘争をよしとせず、敗者を作らないように和を以って尊しとなすという発想が日本では昔からよしとされてきた。その理由は聖徳太子、長屋王、紀氏一族、菅原道真、平家一族など政治的な敗者の怨霊を政治的な勝者が恐れたからである。その中で、貴族とは違って武士は穢れた仕事をさせられる職分で有ったというのが著者の根本的な認識です。

「紫式部はなぜ、藤原ではなく、没落した『源氏』の物語を書いたのか」
:これも天皇一族で藤原氏に追い落とされた源氏と呼ばれる姓を与えられた人々の怨霊に対する慰霊が目的であったという。紫式部は藤原道長の愛人の一人であったとも解説しています。

「平家物語を琵琶法師に語らせたのはなぜ」
:これも怨霊を慰めようとするものであって、パトロンであった政権に繋がる有力な天台宗僧侶と、信濃の前司行長という藤原氏の中では無名の実務的文官と、語って聞かせる役の盲目の僧(琵琶法師)の共作であると。この時代に文学作品を残すのは大きな仕事であって、スポンサーがいなくてはできない様な大仕事であったとしています。

「『邪馬台国』は当時の中国語でなんと発音したか」
:この時代の中国語ではヤマドと発音するのだそうで、ならば大和朝廷だろうとあっさりと言っています。

「なぜ江戸時代の『改革』はすべて失敗したのか」
:日本史では農本的な政策だけが評価され、田沼意次の商工業をプロモートする政策は改革の名には値せずとされてきたようです。時代が変わってゆく中で、社会が農本的ではなくなってゆく中でそれをせきとめようという政策が成功する余地はなかったと言います。
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 或る書評子(http://sankei.jp.msn.com/life/news/110220/bks11022007490009-n1.htm)は、刺激的な問いかけ。さまざまな日本史の謎に、著者は独自の視点で鋭く切り込んでみせる。「各時代の研究者はその時代のことしか知らない」が、歴史には切れ目などない。

区切られた一時代ばかり研究していると、他の時代との「流れ」「つながり」のなかでの因果関係は理解できなくなる。著者はいつも全体を俯瞰(ふかん)しながら、ダイナミックに解読しようとする。 と評価しており、十分に楽しめる内容でした。

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