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2011年3月26日

2146 原発作業員、震災後初の温かい食事-小名浜港停泊の「海王丸」で という記事です

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宮城と岩手の被災地には道路が再開通し始めましたが、集合的な避難所から自宅などに戻っている被災者への援助物資が十分に届かないということが報じられています。

また、被災直後からは暖房が取れず、入院中のご高齢の患者さんなどに他界する方が多いという医療施設での苦難も伝わってきます。

余り福島原発の状況は変わらないようですけれども。被爆までしながら原発の回復に献身的に勤めてくださっている方々に感謝しましょう。
今日は少し明るい話題が見つかりました。これが海外発というのも奇妙ではありますけれど。ご紹介しましょう。:

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原発作業員、震災後初の温かい食事-小名浜港停泊の「海王丸」で

3月23日(ブルームバーグ):東京電力福島第一原子力発電所で復旧作業にあたっている数十人の技術者が、航海練習帆船「海王丸」(全長110メートル)の船上で、震災後初めて温かい食事を口にし、ベッドで睡眠をとった。海王丸は21日、津波の被害を受けた小名浜港に入港した。

海王丸の一等航海士、外谷進氏は40人以上の乗組員とともに、食料がなくなるまで停泊すると語った。小名浜港は福島第一原発から南約50キロメートルに位置する。

  原発で作業にあたっている52歳の男性エンジニアは23日朝、海王丸で一夜を過ごした後、「皆、本当に頑張っている。迷惑をかけて大変申し訳ないが、状況は回復しつつある。早く日本の皆が安心できるように全力を尽くす」と語った。

  5、6号機でオペレーションを統括する東電勤務30年の同エンジニアは、地震発生時は自宅にいたが、地震後すぐに原発に向かったという。

22日は計21人の作業員が海王丸で休んだ。現場の作業員は、震災以降、食事はカップめんなどの即席食品、睡眠は原発の床の上という日々が続いていた。

外谷氏によると、21日には作業員20人が海王丸で休息、23日も約20人が到着する。

22日の海王丸での食事はカレーと新鮮な野菜。外谷氏は、「私達の一番のミッションはこの地域の人々と、眠らずに働いている原発関連の方々に少しでも休んでもらって、温かい食べ物をとってもらうこと。力になりたい」、「仕事の話は聞かないようにしている。ただでさえ過酷な現場。そこから解放されることが大切」と話した。

原題:Exhausted Nuclear Workers Find Bed, HotFood on Japan Schooner

翻訳記事に関する翻訳者への問い合わせ先:ニューヨーク 楽山 麻理子 Mariko Rakuyama
ーーー引用終了ーーー
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清澤のコメント:
船の絵を探していて気がついたのですが、海の貴婦人と呼ばれる海王丸には2004年に富山で台風に煽られて座礁したという事故の履歴がありました。最初の絵は青空の下の貴婦人。中央の絵が座礁時のもの。最後はクレーンでつりだされる時の写真です。きっとその頃のことを知る乗組員にはそのときの苦難も脳裏をよぎったことでしょう。

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