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2011年3月18日

2122: 生きている限り、希望はある Dum spiro, spero

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本日、今まで連絡が取れなかった塩釜市にある病院の院長A君とやっと連絡が取れました。

今回の地震では大学の同級生のメーリングリストが早い時期から多くの情報を与えてくれました。(この写真は17日午後6時ころの南砂町駅での混雑した下り電車。すでに帰宅者のピークは越したあたり。)

ーーーA君からのメールからーーー
皆さん、

 今現地でメールが通じ、多くの同級生からご連絡を頂いていたのがわかりました。感謝します。

七ヶ浜では団地をのぞき、なくなった方の方が生きている方より多いと思われます

発災当時、当院には溺水、低体温の患者さんが多数運ばれてきましたが、その方々が、口々に周りの人々が流されていってしまったと話しておられました。

報道機関は、状況のわかったものだけで議論しているようですが、実態がわかれば言葉を失うでありましょう。

 私のところのような弱小病院は、診療の他に患者さんと、同数の職員を「食わせて生き残る」義務を果たさねばなりません。「生きている限り、希望はある。Dum spiro, spero.」

 AS君、N君に手伝ってもらって感謝しています。同級生の皆さんとまたお会いできる日を楽しみにしています。

 ところで清澤君、私の名字が間違ってますぜ。

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IMG_0197(節電のため地下鉄のエスカレータは停止しているものが多いです。)

お返事:

清澤です

ASさんからのメールでA先生の無事での生存は聞き及んでおりましたが、
A先生本人からの健在とのメールを戴き、とてもうれしく思います。

あわてて打ちっぱなしで発信してしまいましたので後で読んでみてスペルミスには気が付いておりました。

気がついてはおりましたが、訂正でお騒がせするというのもというわけで黙っておりました。ご容赦ください。

A君も、ASさんも、はたまたKNさんも大変な状況と推察申し上げます。
事故で亡くなった多くの患者さんを検死された後の諸先生方の精神的なトラウマが心配です。

そちらの惨状とは全く比較すべきものではありませんけれどもこちらも結構バタバタしています。

まずはガソリン、水、ラーメン等の食品等の入手が多少困難になっています。放射能汚染がこれで止まりそうな話にも聞こえては来ず、その先が見えないといういやな感じがします。

患者さんがイラついているのも結構感じます。

本日も、予定外の停電がありそうだという家主(IHI)からの終業勧告があって、
通常は7時までの診療を5時半の受け付けで終了しました。

テレビで停電が起きそうだというニュースは入ってはいたので休診にしようかと迷ったのですが、家主からの通知であきらめることが出来ました。

患者さんに対する”診療する”という予約をを反故にする休診は開業以来初めてであり、忸怩たるものがあります。

今回のこのメーリングリストの各手紙には、私たちクラスメートの弱くはない絆を思い出させてくれましたし、東北地方の現状を知らしめてくださったという意味で感謝をしています。清澤
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清澤のコメント:
本日は夕刻を臨時休診とさせていただきまして済みませんでした。あす以降もよろしくお願い申し上げます。

被災地からは仙台市でもその他の市町村でも石油やガソリンがひどく欠乏していることが聞こえてきます。そして食料もそれに次いでひどく欠乏しているもようです。一刻も早くそれらが届くとよいのですが。

もう一つの大きな問題は福島原発の放射線漏れ。こちらは、目先の放水の話ばかりで、それが成功したらどうなり、成功しないとどうなるという情報の開示がまったくなされていないのが気になります。

(ラテン語格言集からの説明です)
Dum spiro, spero.
dumは「~の間」という意味の接続詞です。
spiro, spero はそれぞれ第一変化動詞単数1人称(要するに主語は「私」ということ)で、「息をする」、「希望を持つ」の意味です。
「ドゥム・スピーロー・スペーロー」と読みます。
発音すると音の響きが美しく聞こえます。
直訳は「息をする間、私は希望を持つ」となります。すなわち、「生きる限り、希望をもつことができる。」(=死んだら希望などもてない。)という意味です。
<余談>この言葉を思い出す度、いつもいろいろなことを考えます。「手を止めて深呼吸せよ。希望がわくだろう。」という解釈もできるでしょう。「希望」はラテン語で spes (スペース)といいます。

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