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2011年2月25日

2069 昭和維新を掲げた2.26事件が1936年(昭和11年)にあった

明日2月26日は昭和維新を掲げた2.26事件が1936年(昭和11年)にあった日です。

維新(いしん)は、そもそも「変革」の意味を持つ語句。和訓では「これあらた」と読む。

Wikipediaをみると日本では天保元年(1830年)、水戸藩の藤田東湖が藩政改革への決意を述べる際に、『詩経』「大雅・文王篇」の一節である「周雖旧邦 其命維新(周は旧邦なりといえども、その命これ新たなり)」を引用して用いた。

その後、この言葉は明治維新へと引き継がれて行ったのですけれども、昭和の御代には昭和維新(しょうわいしん)として使われています。これは、1930年代(昭和戦前期)の日本で起こった国家革新の標語です。

ーーWikipedia 抜粋開始ーー
1920年代から1930年代前半にかけては、戦後恐慌や世界恐慌による経済の悪化、排日移民法や張作霖爆殺事件などによる国際社会の不安定化などから、軍部急進派や右翼団体を中心に、明治維新の精神の復興、天皇親政を求める声が急速に高まりました。

特に政争を繰り返す政党政治への敵愾心が激しく、また天皇を外界と遮断して国を誤っている(と彼らには見えた)側近達への憎しみも凄まじいものでした。代表的な事件としては五・一五事件、二・二六事件が挙げられます。

『昭和維新実現』を唱えて数々の事件が起こされたが、「彼を暗殺してからどうするのか、その後誰が何をするのか」という部分においては甚だ具体性に欠けていたのが特徴。

数々の事件の実行者達は皆「吾は維新回天の捨て石にならん」と唱えるのみであった。戦後においては「右からの変革」を主張する民族派の右翼の基本路線でありスローガンとなった。
ーー抜粋中断ーー

というわけで、中年のおじさんのひとり、昭和に育った私には、維新という言葉はそれ自体が歴史の中で見当違いに牙を向いた思い上がりの若手将校で有ったり、乱暴ものの戦後右翼であったりしてどうも好感の持てる単語ではありません。

せっかくのイケメン原口一博前総務相が旗を掲げるならば、この言葉を政党名に冠するのは如何なものか?と私は思うのですけれど。

ーーー先日のニュースからーーーー
民主党の原口一博前総務相は23日、地域政党との連携を進める政治団体「日本維新の会」の3月中旬の発足に先立ち、国会内で同党議員らによる政策集団「日本維新連合」の準備会合を開いた。

 菅首相との対決姿勢を強める小沢一郎元代表の「別動隊」だとする見方も出ている。

 日本維新連合は日本維新の会と並行し、同党が2009年衆院選政権公約(マニフェスト)で掲げた地域主権の推進などに取り組むのが趣旨で、3月中の正式発足を目指す。準備会合には、国会議員58人が出席した。
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さてさて、お手並み拝見

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