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2011年2月23日

2064 2.26事件があった2月26日が近づいてきました。

2.26事件があった2月26日が近づいてきました。

今朝は別用で九段下まで行きましたので暫時、靖国神社に参拝してきました。

2.26事件にはどんな意味があったのでしょうか?
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2.26Wikipediaによれば2.26事件は次のように説明されています。
大日本帝国陸軍内の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校ら(20歳代の隊付の大尉から少尉が中心)は、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し、彼らが政治腐敗と考える政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた。彼らは、この考えの下1936年(昭和11年)2月26日未明に決起し、近衛歩兵第3連隊、歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、野戦重砲兵第7連隊らの部隊を指揮して

岡田啓介(内閣総理大臣)
鈴木貫太郎(侍従長)
斎藤實(内大臣)
高橋是清(大蔵大臣)
渡辺錠太郎(陸軍教育総監)
牧野伸顕(前内大臣)
の殺害を図り、斎藤内大臣、高橋蔵相、及び渡辺教育総監を殺害。また岡田総理も殺害と発表された(但し誤認)。

その上で、彼らは軍首脳を経由して昭和天皇に昭和維新を訴えた。しかし軍と政府は、彼らを「叛乱軍」として武力鎮圧を決意し、包囲して投降を呼びかけた。反乱将校たちは下士官・兵を原隊に復帰させ、一部は自決したが、大半の将校は投降して法廷闘争を図った。
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清沢のコメント:
政府と癒着する大資本に対する不満等、現在の北アフリカ各地で起きている反乱にも通じるものがありそうですが、どうも皇道派と統制派の違いがよくわかりません。単に純粋と言えば皇道派の方が純粋なのかもしれませんが、これを機会に統制派が力を増して、日本は第二次世界大戦に突入して行ったようです。

先日書評を見ておりましたら、
「持たざる国」への道
高橋是清暗殺後の日本 松本孝崇 著
という本が紹介されていました。

その前書きには

好調だった日本経済は、2,26事件の翌年に起こった日華事変が泥沼かするに従って行き詰って行った。生活の窮乏化は英米のブロック経済が「持たざる国」である我が国を追い込んだためと受け止められた。

その点は今日でも層信じている向きが多いが、2,26事件当時に繁栄していた我が国が突然「持たざる国」になって窮乏化していったわけではない。経済原理を理解しない軍部の満州経営や華北経営が経済的な負け戦となって我が国経済をじり貧に追い込んいき「持たざる国」にしてしまったのである。
ーー中略ーー
戦前の我が国の経済発展の基盤となっていた明治憲法下の金本位制と義務教育制度についても取り上げたものである。

とされています。また読み進みましたらコメントを付してみます。

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