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2011年2月11日

2035 沈まぬ太陽を見ました。

sizumanu ポスター

偶然、沈まぬ太陽を見ました。強い信念を持って生きた主人公を描いていましたが、彼を取り囲む多くの弱い人間である普通の人々もよく描かれていました。もしこれほどの信念を持って生きる人が周りにいたらあるいは迷惑と思うかもしれませんし、家族はきっと大変であったことでしょう。

それ以上に、作品中で悪い人のモデルにされてしまった人は反論もできず大変な苦労をされたと思います。

ーーーー番組紹介の抜粋ーーーーーー
sizumanu 本
高度経済成長期の日本を背景に、巨大な組織の中で翻弄される1人の男の生きざまを描いた、山崎豊子原作の骨太なドラマ「沈まぬ太陽」。

舞台となるのは半官半民の航空会社・国民航空。主人公の恩地(おんち)(渡辺謙)は労働組合の組合長として労働者の待遇改善のために邁進するが、上層部に疎まれ海外支局に左遷される。予想外に長期化した僻地勤務の末、日本に戻った彼を待ち受けていたのは、航空史上未曽有の大事故。

sizumanu 4

遺族係として事後処理に奔走する恩地は、新たに就任した会長の右腕として会社の経営改革に挑むことに。恩地の同期で出世街道をばく進する行天(ぎょうてん)(三浦友和)、新会長の国見(石坂浩二)、そして私欲にまみれた会社の経営陣と政界に蔓延る魑魅魍魎(ちみもうりょう)。そんな男たちを影で支え続ける女たち。

様々な事情を抱える事故の遺族。物語は、それぞれが胸に抱く正義を丁寧に描写しながら、時代の大きなうねりに巻き込まれた人々の生きざまを綴っていく。
ーーー抜粋終了ーーーーー

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少し後日談をwikipediaで調べてみました。主人公のモデルとされた人物は小倉寛太郎という人であったようです。
ーーーーwikipediaーーーー
小倉 寛太郎(おぐら ひろたろう、1930年 – 2002年10月9日)は、元日本航空の反会社側組合の労働組合委員長である。通称かんたろう。山崎豊子の著書『沈まぬ太陽』の主人公・恩地元の原型とされる人物のひとり。

プロフィール
台北生まれ。湘南中学校を経て東京大学法学部卒。東京大学教養学部の大学祭である駒場祭創設に、駒場祭委員会の初代委員長として携わった。卒業後に日本航空へ入社した。

日本航空労働組合委員長時代の1960年代前半に経営陣と厳しく対決し、日本航空初のストライキを指導。その後の人事異動で、社内規定を大幅に越える約10年間の海外勤務(カラチ、テヘラン、ナイロビ)での勤務を強いられる。

1970年代前半に労務対策を是正する一環として、国内勤務とされる。1985年の日本航空123便墜落事故後、会長室部長に抜擢。伊藤淳二会長率いる新体制の下、社内改革に力を注ぐ。その後再びアフリカへ。

定年退職後は、僻地勤務が縁でアフリカ研究家、動物写真家、随筆家として活躍。東アフリカの自然と人を愛する同好の士を集めて「サバンナクラブ」を発足させ、事務局長を務めた。2002年10月、肺癌で死去。
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清澤のコメント:
こうして経歴をみますと、大学が大きな紛争を経験した時代よりは大分前ですが、学生時代からの筋金入りの活動家ですね。

それにしても、その後天下の日本航空が破綻してしまったのに突き合わせてみますと、ナショナルフラッグキャリアーである会社を、その社員が何の迷いもなくあるいはその自覚さえもなく食い物にしてしまったということは、それは恐ろしいことです。

親方日の丸とは言い古された言葉ですが、現在の日本国家の財政事情を勘案しますと日本の国民全体が似たような姿になっているような気がします。

公務員や準公務員のような立場の場合には一層、その矜持が求められます。すべての医師が公務員や準公務員なわけではありませんが、医師はその存在や収益が国の制度に守られているという立場ですから、それに準じた自覚が求められると思います。

一部の医療施設であれ、生活保護の患者を大々的に集めて不要かと疑われる過剰な医療行為を行なったところがあるということが疑われるという事件が報道されています。これは医師仲間としても看過できないことです。

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