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2011年2月10日

2032 太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-を本で読みました。

大場栄水曜日の夕方は、医科歯科大学の神経眼科外来の後でお茶の水丸善に寄るのが毎週の習慣なのですが、昨日は”太平洋の奇跡”という映画のノベライズ本を買いました。旧日本軍は各地で民間人を守らず軍隊優先の行動をとったとして批判されることが多いのですが、例外的に民間人とともにゲリラ活動を500余日も続けたという物語です。

太平洋戦争において激戦が繰り広げられたサイパン島で、わずか47人の兵で45,000人もの米軍を巧みな戦略で翻弄し、米兵らから畏敬の念を込めて「フォックス」と呼ばれた実在の大場栄・陸軍大尉。タッポーチョ山を拠点とした大場とその部隊が、1945年8月のポツダム宣言受諾以降も、その事実を知らずに戦い続けた実話を日米双方から描く。

原作は原作:Don Jones『タッポ-チョ「敵ながら天晴」大場隊の勇戦512日(原題:OBA, THE LAST SAMURAI)』(中村定訳、祥伝社刊)だそうです。

wikipedia を見ますと、

大場栄は1913年(大正2年)3月21日、農家・大場伊助の長男として愛知県に生まれる。1933年(昭和8年)3月、愛知県実業教員養成所を卒業し、同年4月、御津町立実業学校の地理教諭となった。(中略)

1944年(昭和19年)2月、歩兵第18連隊衛生隊長となり、連隊はサイパン島へ転出。サイパンの戦いで同年9月30日に戦死と判断され陸軍少佐に特進したが、生存が確認された後に取り消しとなった。サイパン島守備隊である第43師団が玉砕した後も大場隊はタポチョ山(タッポーチョ山)を拠点にゲリラ化し、日本の無条件降伏後も遊撃戦を展開する。

1945年(昭和20年)11月27日(発令は25日)に独立混成第9連隊長・天羽馬八陸軍少将の正式の降伏命命を受け、同年12月1日、大場隊47名は戦死者に対し3発の弔銃を捧げ慰霊をしたうえで、各自軍装を整え大場を先頭に日章旗を掲げ隊列を組み、軍歌を歌いながら行進・下山しアメリカ軍に投降した。慣例として投降式典において大場は(降伏の証として)自身の軍刀をアメリカ軍将校に手渡した(なお、この投降模様を撮影した写真が現存している[1])。

復員後は1952年(昭和27年)から1992年(平成4年)まで丸栄産業代表取締役を務め、また、1967年(昭和42年)4月から1979年(昭和54年)3月まで愛知県蒲郡市の市議会議員を歴任。1992年(平成4年)6月8日死去。

帰国後もそれなりに活躍した方だったようです。
建国記念の日を迎えて、旧日本軍の戦いを見直そうという動きもあるということでしょうか?戦争映画の小説化版ですが、心にしみる物語でした。

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