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2011年1月21日

1982 医療界にも忍び寄る「思考停止社会」という記事が出ていました

日経メディカルブログ:昭和大心臓外科「手取屋教授の独り言」2011. 1. 21に
医療界にも忍び寄る「思考停止社会」という記事が出ています。共感する所の多い記事なので要点を記載します。ぜひ元の本文をご覧ください。
ーーー要点ーーー
郷原信朗先生の著書に、『思考停止社会』(講談社現代新書)がある。今の社会、特に日本においていかに“思考停止”がはびこっているか、この本を読むとよく理解できる。

 物語の終止符は法令や社会の暗黙のルールで、メディアや世の中はひれ伏した者へのバッシングに加担する。半面、法令やルールさえ守っていればそれでいいという安易で危険な考え方が広がっている。まさに思考停止社会。

 医療も、まさに思考停止に入っている。細かなマニュアル化など、自分たちの判断をあえて棚上げして上位管理体制に委ねることで、結果的に自分たちの直接責任を回避しようとしている。

ガイドライン通りの治療なら患者の生死は二の次?
 手段が目的化してしまっている。そのため、「問題をどのようにして解決するのか?」より「取り決めを遵守しているかどうか?」が重視され、現場は解決に向けての思考を止めてしまう傾向が出てきている。

 「患者が残念ながら亡くなったとき、担当の若手医師に『よく頑張ったけれど残念だったな』と声をかけると、彼曰く、『自分はガイドラインに沿って治療できていたので満足しています』。逆に、かなりの重症でこりゃあかんやろ?って症例をなんとか助けたとき、『すごいなぁ!こんな重症例が助かるとはなぁ』と褒めると、『と言われても、自分はガイドライン通りにやっただけですから』と…」。ガイドラインの遵守が治療の本質と勘違いし、臨床の場から、反省や感動が消えつつあると彼は嘆いていました。

 思考停止社会が招く決断の回避も、また重大な“合併症”。

「人の死を定義するのは、法律ではなく医師でしょ!」
 河野氏は、「そもそも人が死んでいるかどうかを決めるのは、法律ではなく、医療の専門職であるあなたたち医師でしょ!」。そして氏は、その会に参加していた医師に向かい、決断から逃げ回り、まるで他人事のように振る舞う医師たちを例に挙げながら、「そこには、専門職としての重い責任を担い、プロとして結束して難題に立ち向かう姿はない」と厳しく非難した。

 心臓移植再開に心臓外科医が躍起になっている頃に出版された加賀乙彦の『生きている心臓』(講談社)。倫理的にも医学的にも可能なはずなのに、法律に守られないと心臓移植に踏み切れない時代の様々な葛藤と苦悩の様子を題材にした力作です。

 かつて医師は、自分たちが科学的、医学的にその時点で最も正しいと思われる判断に基づき、誠意をもって医療を提供していました。しかし、その頃のリスクコミュニケーションの欠如が一因で、今の日本の医療界では、思考停止がはびこるようになった。

 医師患者関係の改善も含め、様々な医療問題の解決を考える上でのキーワードは、「自律と自立」にあると痛感するこの頃です。
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清沢のコメント
:自分の頭で考えて行動を決めよう。
患者さんの治療はマニュアルにしたがえば良いというものではない。
研究でもIRBは必要だけれど、それに振り回されず本質を考えよう。

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