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2011年1月12日

1965 スーダン南部の分離独立を問う住民投票が行われています。

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スーダンという国をご存知ですか?調べれば調べるほどにややこしい場所です。今回話題の南部、西部ダルフールと二つ物大きな混乱地域をもち、海外に多くの難民を出しています。民族はアラブと黒人が対立しています。経済的には破綻状態で南部が分離したらそこに関連した海外からの負債もくめんしなくてはなりません。

20年にも及ぶ長い内戦の結果200万人もの死者を出したとされるスーダンで南部地区の住民による独立を可とするかどうかという投票が始まったそうです。。この投票のために国連はスーダン派遣団をおくり、住民投票監視団には一員として元米大統領ジミー・カーター(Jimmy Carter)がスーダン入りしているとも報じられています。

しかし、石油の油田がある境界付近のアビエイでは農耕を営む黒人でキリスト教徒の住民だけを住民と認めるのか、あるいは北部からこの地区に冬だけ移動して遊牧を営むアラブ系のイスラム教徒にも投票権を与えるのかの調停が整わず、その投票は棚上げとなっているという報道も入っているようです。

北部政府のバシル大統領は4日南部のジュバを訪れ、「個人的には残念だが、独立を選んでも我々は祝福する」と物分かりの良いような発言をしていますが、彼は国連から先のダルフール虐殺事件での暴虐行為の責任を問われていて、世界に良い顔をして見せておかねばならないという立場もあるようです。

首都ハルツームには、南部独立の動きを強く支援してきた米国のジョン・ケリー上院議員が訪問中。クリントン国務長官のスーダン入りの可能性も報じられています。

なお、この国の西部には、これも虐殺で有名になってしまった南部とは別のダルフールという地方があって、そちらの問題も解決されてはいません。

どうも現在のスーダンの状況はつかみにくいです。
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2002年にケニアで南北の和平交渉が成立し、2005年1月9日には南北包括和平合意(CPA)が署名された。南部は行政上の自治を6年間与えられ、そして北部で適用されているイスラム法も南部で適用しない事となった。

さらに2011年1月にはスーダンの一部として北部と統一するのか分離独立するのかを決める住民投票も南部で行うこととなった。

南部の住民は独立志向が強いため、分離独立の方を選択する可能性が高いと見られる。また、2010年1月20日スーダンのバシール大統領は南部スーダンの大統領サルバ・キール・マヤルディも出席したヤンビオで開催の南北の内戦終結5周年を祝う式典にて、「住民が選択(分離独立を)した場合にはスーダン政府は南部の独立を承認する」と発言した。

しかし、南部の石油の利権や、同時にディンカ族のンゴック氏族の先住地アビエイの帰属も問われることとなった。

地図ダルフール
オレンジ 北部スーダン

ミドリ ダルフール

紫 2006年7月時の東部戦線活動地域

青 南部スーダン

赤 アビエイ境界委員会

ピンク ヌバ山地と青ナイル

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