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2011年1月11日

1964 「奥飛騨慕情」の盲目の竜鉄也さん死去

「奥飛騨慕情」の竜鉄也さん死去 演歌歌手、74歳(2010年12月29日08:40)のニュースをお伝えするのが遅くなりました。盲目の歌手であったということがこのブログ生が彼の死を取り上げる理由です。下の記事では彼の視力喪失ははしか(麻疹)から来たものだったと報じています。

清澤のコメント
はしか(麻疹)が原因で視力を失うとは:

 麻疹はいくつかの理由によって視力喪失を起こさせます
まず麻疹は角膜の炎症である角膜炎を起こします。これによって角膜は瘢痕を残し混濁しますが、麻疹ではビタミンAの欠乏を伴い易く、その場合には角膜軟化症になって穿孔してしまうこともあります。

 また麻疹はぶどう膜炎をおこします。これは眼の中の血管でできた層状の構造物での炎症ですが、急性網膜壊死を起こして網膜が剥離して急激に視力が失われることも考えられますし、あるいは合併して起きる癒着による緑内障があってこの結果として視力を失うこともあるでしょう。

重症の症例では麻疹は脳の炎症である脳炎も起こし、この結果で視覚路に障害が残って視力を失うこともあり、さらには脳炎自体が死の原因となることもあります。

 私は、竜さんの眼を診察した訳ではないので、そのいずれであったのか、あるいはそれ以外のもので有ったのかはわかりません。(もちろん実際に診察していとしたらこのような解説はかけません。)

「奥飛騨慕情」がどんな歌かと思って、ユーチューブを探したときに出てきたこの紅白歌合戦の画像では、竜鉄也さんばかりではなく、北島三郎さんがまた好きになりました。

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以下はニューースから:

 「奥飛騨慕情」などのヒット曲で知られる演歌歌手の竜鉄也(りゅう・てつや、本名田村鐵之助=たむら・てつのすけ)さんが28日午前11時15分、心不全のため高山市内の病院で死去した。74歳。

◆「飛騨を全国区に」惜しむ声

 竜さんは、奈良県生まれの高山育ち。幼いころ、はしかが原因で視力を失った。中学の途中から岐阜盲学校に進み、マッサージ師になった。歌好きで、独学で覚えたアコーディオンで市内の酒場を仲間2人と流し、自ら作詞・作曲した奥飛騨慕情を自主レコーディングしたが、売れなかった。

 やがて演歌の女神がほほ笑んだ。郡上八幡で営業していた飲食店が火事になり、再建話をワイドショーで見た、八幡出身の出版会社社長の後押しで奥飛騨慕情を再プレス、1980年全国デビューし、ミリオンセラーを記録した。翌年には紅白歌合戦に出場。その後「紬の女」や「哀愁の高山」などがヒットし、美空ひばりさんには「裏町酒場」を贈った。約10年前、公演中にくも膜下出血で倒れ入院が続いていた。
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