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2011年1月11日

1962 甘粕正彦 乱心の曠野 佐野真一著 を読みました。

このお正月前から、甘粕正彦 乱心の曠野 (新潮文庫) 佐野 眞一 (著) を読んでいたのです。
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甘粕正彦は関東大震災の直後に共産主義者であった大杉栄とその妻伊藤野枝、それにそのおいの少年を殺害した憲兵隊長として知られた人物です。

大杉事件の主謀者として“主義者殺し”の汚名を負い入獄しますが、実はこれは憲兵隊全体の罪を彼がかぶらされただけで実際の首謀者でも実行者でも無かったのではないか?という疑問から著者は話を始めます。

甘粕の生まれは仙台市北3番丁、北4番丁が私の母校の所在地ですから戦災で跡形もなく変わったとはいえ、あのあたりで生まれ育った人だったのかと懐かしく思われます。

戦前に反骨のジャーナリストとして知られた清澤洌は「甘粕と大杉の対話」という戯曲をこの裁判の直後に書いていますが、甘粕を”主義者殺し”の犯人とする認識は、以後の人々にも共有され彼の人生を暗転させます。

数年のフランスへの隠棲の後、満州に戻った彼は清国の廃帝溥儀を誘拐し満州に拉致し満州国皇帝に仕立てたり、日本と中国の戦争の原因となった事件をしかけるなど、関東軍が直接手を下すことのしにくい汚れ仕事に入り込んでゆきます。

中国人を満州国建設に雇い入れる共和会の責任者などを経て、甘粕は満映理事長に着任します弐キ参スケと呼ばれた東條英機や岸信介など戦中戦後の日本国の首相を務めた人々とも関連を以って満州国の「夜の帝王」として君臨したとされています。しかし、彼は、それらの同僚や友人たちが本国に帰還して表舞台に華々しく立ってゆくのを見ながら、満州に島流し状態で置かれた自分の立場にうっ屈の念を持ち、趣味は「釣りと鴨撃ち、そして謀略」と公言するようになります。その謀略は、関東軍から満州映画会社を通じて与えられた資金を使って、インドネシアからインドにまで広がっていたということのようです。ですから、日本軍が英国領ビルマに進攻したインパール作戦にはその無理を説いて東條英機に対しても声を大にして反対したということです。

甘粕は、このように現代史の暗部を彷徨したわけですが、ソ連軍の参戦をみて青酸カリで自殺します。彼の満州での謀略の内容をもう少し詳しく知りたいところではありましたが、彼は自らの死を以ってそれを闇に葬ったのでしょう。

大杉栄殺害事件とか満州国とかと言いますと、現代に生きるわれわれには関係のない戦前のお話のように思われがちですが、岸信介が首相として日米安保条約を締結したことくらいまでは私もおぼろげに覚えているわけで、現代に繋がるお話と理解しました。

アマゾンは甘粕が自死と共に葬ろうとしたものは何だったか?講談社ノンフィクション賞受賞の衝撃作に、新事実を大幅加筆。通説を大きく揺さぶる満州巨編評伝と言っています。

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