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2010年12月19日

1904 井上眼科病院の忘年会

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inouegannka
 昨日、12月18日はお茶の水にある井上眼科病院で知られる(医療法人社団)済安堂グループの忘年会にお呼びいただいて、初めて参加させていただきました。

会場にはテーブルが51もあって、500人もの大忘年会でした。若い女性職員の歌と踊りにも圧倒されて参りました。

病院の沿革をホームページでたどってみますと、明治14年(1881年)に東京大学眼科学教室の創始者井上達也が駿河台に井上眼科病院を開設したと記載があります。達也は若くして独・仏に留学、当時最先端の眼科学を吸収して帰国しました。眼科学会の前身となった『井上眼科研究会』の会頭として、遠く海外にまでその名声を謳われるようになったということです。

明治42年(1909年)には 達也の次男達二が東大眼科を経てドイツ留学から帰国し、第7代院長に就任しました。達二は明治・大正・昭和の3代の長きにわたって院長を勤めましたが、彼は大脳に視野がどのように投射しているかを世界で初めて明らかにした欧文の論文を残した人としても知られています。(このことを記した有名な雑誌記事です)

それを西葛西井上眼科病院の増設などへと一層発展させたのは第9代の井上治郎先生です。現在も私立で、日本最大の眼科単科の医療施設です。

私との関連では、西葛西井上眼科病院で月に一度神経眼科の患者さんを神経眼科外来として拝見しています。そこの患者さんは、医科歯科大学眼科・神経内科・脳外科などにつながせていただいています。

また、本院の第10代院長である若倉雅登先生は30年前に神経眼科の手ほどきを北里大学でうけたときの指導医です。今でも何かにつけて引き立てていただいています。若倉先生が会長をなさった国際神経眼科学会で副会長の一人にしていただいたり、臨床眼科学会での
インストラクションコースから出来た本(若倉雅登,清澤源弘,山田昌和:続・解決! 目と視覚の不定愁訴・不明愁訴. 金原出版)の共著者にもさせていただいたりです。

現理事長で、現在の井上眼科クリニックへの発展的な移転を進めた井上賢治理事長によれば、来年は創設130年のお祝いの年だそうです。この賢治先生には視覚に関する知識を普及させようという任意団体のヘルシーサイトコンソーシアム(メンバー)でもお世話になっていますが、先生はすぐれた緑内障の専門家です。

これほどの立派な施設には比べるべくもありませんが、6年目の医療法人深志清流会も、少しでも充実させてゆきたいと感ずる会で有りました。医療法人社団済安堂の一層のご発展をお祈りします。
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