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2010年9月9日

1650 ~セブンイレブン36年目の真実~

~セブンイレブン36年目の真実~を見ました

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今日は清澤のコメントから:

セブンイレブンの第一号店は豊洲だったのですね。今は珍しくもないセブンイレブンですが、初めて日本にできたのはたった36年前だったのですね。

画面で拝見するセブンイレブンの鈴木会長も豊洲店のオーナーである山本店長もいい顔、表情をしていました。こんな顔で生きて居たいものです。初めての事を試し成し遂げた自信が感じられました。一度、山本店長を訪ねてみたいものです。

山本店長の店の二階に積み上げられた在庫昇進の山を見て試みられた在庫を減らすような商品の絞り込み。そして、問屋との交渉で仕入れと配送を一つからでも可能にし、さらに集中出店で配送経路を合理的にする試み。そうすれば工場の配置も合理的にできると。感激です。

おにぎりなど日本固有の品物を開発して置くという姿勢。

最後は左前になって3000億円の負債を負った米国の本部を600億円で買い取ったのだそうです。これで、米国で大昔に見たセブンイレブン社が日本の会社だと言われた意味がわかりました。

7-11豊洲

ニッポン式コンビニ誕生物語
ーー引用開始ーー
昭和40年代後半、日本は高度成長期を過ぎ、大量生産、大量消費の時代を迎えていた。ダイエー・西友など安さと大量供給を売りにしたスーパーマーケットが急成長するなか、イトーヨーカ堂は業界8位。当時新規事業の開発を担当していた鈴木敏文(現セブン-イレブン・ジャパン会長=榎木孝明)は、アメリカ全土でチェーン展開していたコンビニエンスストア、セブンイレブンのビジネスモデルに目を付けた。

しかし、イトーヨーカ堂社内では「日本とアメリカは違う。日本では商店街が充実している。そんな小さな店が成功するわけがない」と反対の声が多数だった。

しかし、鈴木は、「アメリカで4000店舗も展開しているには、素晴らしいノウハウがあるはずだ」と考え、セブンイレブンを日本で展開することを了承させる。

アメリカのセブンイレブン本社と提携を合意し、さっそく部下の岩国(神保悟志)、鎌田(湯江健幸)たちとアメリカで研修を受けることになるが…
なんとそこで受けた研修はアルバイトが受けるようなものばかりだった。

さらに「秘伝の書」と思われたマニュアルもまったくの期待はずれ・・・。
ショックを受けた鈴木は、アメリカとは全く異なる日本ならではのコンビニを作ることを決断する。

日本へ戻った鈴木たちは、さっそく1号店開店の準備を始めた。どこにオープンするのか?直営にするのか、フランチャイズにするのか?鈴木が迷っている矢先、ある酒店の店主・山本憲司(河相我聞)、その妻(安倍麻美)から「コンビニエンスストアを開店したい」という1通の手紙が届いたのだ。

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