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2010年8月18日

1601「モンパルナスのキキ」、キキ(訳:河盛好蔵)/美術公論社/1984年、古い本ですが

キキ4
マン・レイの作品展を見てきてから、彼の周りにいた人々が気になりました。
そこで、先ずキキ・ド・モンパルナスと呼ばれた女性の自叙伝をアマゾンで取り寄せて読んでみました。この本の中には、警官殴打事件の事も出てきますし、本の序文は藤田嗣治が書いています。
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キキ2
「モンパルナスのキキ」、本名はアリス・ブラン。キスリングや藤田嗣治らのエコール・ド・パリの画家たちが競って彼女をモデルにした。

「キキ」はブルゴーニュで生まれ、12歳でパリに出て14歳から彫刻家のヌードモデル、ナイトクラブの歌手、娼婦などをしていたが、その遍歴は大変ドラマチック。

キキ6

モンパルナスに新しくできたナイトクラブ「ル・ジョッケー」で歌手・女優として、劇場、映画界、作家や画家の名士たちに評判となる。雑誌『パリ=モンパルナス』の発行者、アンリ・ブロッカの愛人となり、パリの画廊で個展を開き、画家としてのデビューも果たす。

歌手としての成功もつかの間、1925年にどさ回りをしていたヴィルフランシュで警官に負傷させたために裁判となったが放免される。

キキ5
その後、仕事はまったく振るわずパリの場末のナイト・クラブで唄を歌い、メーヌ通りのクリーニング屋に勤めている姿を発見されてもいる。

キキ
1942年、反ナチス運動のビラを配り、ゲシュタポに逮捕される危険を逃れるために故郷のブルゴーニュに帰った。(実際に、「モンパルナスのキキ」の賛美者であり、藤田嗣治の別れた妻YUKIを妻とした作家のロベール・デスノスはナチスの収容所で死んでいる。)

解放により1945年にはパリに戻るが、麻薬の密売で逮捕され、執行猶予付の判決を受けた。

1953年3月、度の強いアルコールと麻薬の満ちた屋根裏部屋で倒れ、2時間後に病院で死亡。かつてキキをモデルに描いた画家達のうち、墓地まで遺体に付き従ったのは「藤田嗣治」だけであった。
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キキ1
清澤の感想:
ブルゴーニュで生まれた私生児がどん底の暮らしの中から、あらゆる手段を使って這い上ってゆく。そして、2度の大戦の間の華やかでもあり不健全と言えばこれ以上はないパリで、徒花”キキ・ド・モンパルナス”として持て囃される。しかし、1925年前後の生活の記述を読むと、酒だけではなく、明らかに麻薬にも手を出している感じです。警官殴打事件も、見知らぬ水兵たちと飲みに行き、売春婦はお断りと言われたのに腹を立て、大立ち回りの揚句ということの様です。戦後に、麻薬で逮捕されるのも時間の問題という感じ。読んでいて、彼女のさみしさが伝わってきて結構きつい自伝です。

墓地まで付き添った人の中に藤田嗣治がいたというのはせめてもの慰めです。

キキは私が生まれた年になくなったのですね。そして私がモンパルナスに一年間でしたけれど実際に住むことが出来たのはその33年後だった訳です。

http://blogs.dion.ne.jp/sekisindho/tb.cgi/2204605やwikipediaは参考になります。

キキ8キキ(訳:河盛好蔵)/美術公論社/1984年3刷【絶版】/単行本/179頁/ランク:B  キスリング、フジタ、フリエズ、マイヨール、マン・レイなど名だたる芸術家に愛されモデルとなり、モンパルナスの女神であったキキの自伝。藤田嗣治の「わが友キキ」収録。

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