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2010年8月1日

1569 今夜は、信濃の国を語ろう:

信濃の国

今日は、信濃の国を語ろう:

子供が各県の特徴を紙にまとめる宿題をしていて、今夜は長野県だというから、”この長野県の県歌の初めのところを説明してあげよう”と言って見せ始めたのだけれど、残念ながらまったく乗っては来ませんでした。本籍は長野県なのに。

この記事には森俊二さんのページ
http://www.dynax.co.jp/sinsen/shinano/kuni.html
を参考にさせていただきます。
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まず、県歌「信濃の国」は,明治32(1899)年長野師範の教師浅井洌(あさい きよし)作詞・依田作曲・後に北村季晴(きたむら すえはる) 編曲だそうです。

県庁の移転案などでもめたときには、”山に隔てられ、バラバラになりがちな県民の心を一つにする役割”もあったと聞いています。

今でも県民が集まる所ではしばしばひんしゅくを買いながらも歌われています。確かに、今では大分古いですが、信州を紹介するのには確かに相応しく、長野県人の血をひくならば知っていてほしい歌です。
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歌詞

1番)
信濃の国は 十州に
 境連ぬる 国にして
聳ゆる山は いや高く
 流るる川は いや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺
 四つの平は 肥沃の地
海こそなけれ 物さわに
 万ず足らわぬ 事ぞなき

歌詞の1番は総論。
長野県は海のない内陸県で、隣国八県十ヶ国:上野(群馬)武蔵(埼玉)甲斐(山梨)駿河、遠江(静岡)三河(愛知)美濃、飛騨(岐阜)越中(富山)越後(新潟)に囲まれ,峠を通じて往来した。
四つの盆地:中信(松本)南信(諏訪・伊那)東信(上田・佐久)北信(長野:善光寺)を中心に人が集中しそれぞれ異なった文化・気質を形成している

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2番)四方に聳ゆる 山々は
 御嶽 乗鞍 駒ヶ岳
浅間は殊に 活火山
 いずれも国の 鎮めなり
流れ淀まず ゆく水は
 北に犀川 千曲川
南に木曽川 天竜川
 これまた国の 固めなり

歌詞の第二番以下は各論。此処では信濃の地理を詠う。
当時の美観で姿美しき山が取り上げられてる。御嶽信仰の御嶽山3063m・乗鞍岳3026mは、乗鞍火山帯に属する岐阜県境の山。駒ヶ岳2956mは、木曽谷と伊那谷を分かつ中央アルプスの主峰.多くある駒ヶ岳と区別するため木曽駒ヶ岳という。浅間山2560mは、群馬県境の活火山。
川の選択は今でも通ずる。何れも長躯をなす急流である。日本海・太平洋へ分ける奈良井川(+犀川)と木曽川227kmの分水嶺は中山道の鳥居峠、千曲川220kmの源は甲武信ヶ岳(甲州・武州・信州国境),犀川80kmと合し越後で信濃川(全長367km)と名を変え日本海に注ぐ。遠州灘に注ぐ鉄砲水の天竜川213kmは、諏訪湖が源。

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3番)
木曽の谷には 真木茂り
 諏訪の湖には 魚多し
民のかせぎも 豊かにて
 五穀の実らぬ 里やある
しかのみならず 桑とりて
 蚕飼いの業の 打ちひらけ
細きよすがも 軽からぬ
 国の命を 繋ぐなり

第三章節は信濃の産物の概観である
木曽は豊富な森林資源を持つ。木曽五木(檜・椹・高野槇・明檜・ねずこ)は御用林として厚く保護された。真木はヒノキのことと聞く。諏訪湖は、ワカサギ漁がある。
蚕産による絹糸は当時の日本の輸出八割を占める国の屋台骨であった。ナイロンが発明される前は西洋の貴婦人の必需品であった。諏訪地区は世界に冠たる絹糸の生産地であった。かっては蚕の餌となる桑畑が多かった。
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清澤のコメント:
信濃には”物が沢山あって、足りないということがない”と威張ってはみても、決してどの時代でもトータルには豊かな地域だった訳ではなく、満州の開拓民をはじめとして多くの人々が暮らしを立てるために県外に出てゆかざるを得なかったのが長野県であったと思います。
 私もそうである様に、こうして故郷を出た人々が故郷を思って口にしてきたのもこの”信濃の国”だったと思います。

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歌詞4番以下は今回は省略します。”生糸の輸出が日本の輸出の8割を占めた”時代があったというのは、何年頃のデータなのでしょうか?そうではあろうと思いますが、驚きます。

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