お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2010年1月9日

1220 鎌状網膜剥離と家族性滲出性硝子体網膜症とは?(追加:第一次硝子体過形成遺残とは)

ーーーーーーーーーーー
鎌状網膜剥離Falciform Retinal Detachment(この疾患につて詳しくはこちらをご覧ください)と家族性滲出性硝子体網膜症 familial exudative vitreoretinopathy(この疾患についてはこちらをご覧ください)について今回は、少しお話してみます。

falciform fold
この両者は別のものではなくて、先天性鎌状網膜剥離Congenital Falciform Retinal Detachmentはその名の通り、先天性で鎌状の網膜の剥離があるという疾患ですが、その原因には言及してはいない命名のようです。網膜に入り込んでいる襞は通常に形成された網膜が畳み込まれたものではなく、胎児性の硝子体動脈鞘から出来ているということです。この疾患の臨床的な本質は網膜構造形成の障害です。

fevr
一方、家族性滲出性硝子体網膜症FEVRは未熟児ではない患者に見られる未熟児網膜症様の眼底とも言われていると思いますが(図出典)、その合併症には、後部網膜の襞状の変形、硝子体出血、網膜剥離があります。或る報告では170眼のうち網膜血管新生が18眼(11%)、網膜浸出物が16 眼(9%). さまざまな形の網膜剥離が180眼中の37眼(21%)に見られたとしていますが、鎌状の網膜ひだも14 眼 (8%)に有ったということです。

Familial Exudative Vitreoretinopathy

出典http://www.iovs.org/cgi/content/full/48/3/1276 Novel Mutations in Norrie Disease Gene in Japanese Patients with Norrie Disease and Familial Exudative Vitreoretinopathy Hiroyuki Kondo,et al)

 最近私が拝見した症例は、有名な病院で家族性滲出性硝子体網膜症の診断がついてはいましたが、その実態は先天性鎌状網膜剥離そのものであって、今後はあまり進行はしなさそうな印象をうけました。

 一緒に診察してくれた網膜を専門とする医師によると、一部の医師の間では、遺伝子その他で家族性滲出性硝子体網膜症FEVRと診断がなされていなくても、上記のような所見があれば家族性滲出性硝子体網膜症FEVRとの診断を使うのであろうとのことでした。そうであれば、AであればBではないというわけのものでもなさそうです。

それであれば、この患者さんが育つ先の視力は皺が網膜中央の黄斑に及んではいましたから、ある程度限定的なものであるのかもしれませんが、比較的安定した光覚を持って育ちそうにも見えました。

追記:これらの疾患に似た第一次硝子体過形成遺残PHPVというものも若い子供さんの視力が出ない原因として重要なものです。

白色瞳孔についてお調べであれば、このブログの第一次硝子体過形成遺残PHPV記事にリンクこの疾患についてもご覧ください。

なお、これらの疾患をネットで調べ直してみてていましたら、この疾患をお持ちの親御さんが、そのお子さんの成長の記録を公表しておられるのに再会しました。

前回拝見したのは2006年11月03日ですから足掛け4年ぶりです。ずいぶんお子さんも大きくなられて、元気で進学されているようです。

このブログの中で、次のような一節が心に残りました。(この医師は私ではありませんが、おそらく私を訪ねてくださった有効な治療法の乏しい眼疾患の子供さんの親たちはいつも同じように感じているであろうと思います。)

ーーーー引用ーーーー
長い長い待ち時間の末、友理の両眼は「第一次硝子体過形成遺残(PHPV)」と診断された。 主治医からPHPVの説明を受けている間、「この先生、何言ってるんだろう? 本当に私達に言ってるの?」と何度も思った。 「視力が出ることはない」この言葉が頭の中をぐるぐる回る。 「残念ながら治療がないんです。」と言われる。 そんなばかなことあってたまるか! こんなに元気で生まれてきたのに・・・あんなに待ち望んだかわいいかわいい女の子なんだからー! (中略) 主治医は言葉を選びながら、私達の気持ちに配慮して淡々と話してくださっていることは伝わった。 私が疑っていた癌ではなかった。 けれども私達にとって希望の持てる言葉は何もなかった。
ーーー引用終了ーーーー
それと、もう一つ。
ーーー引用開始ーーー
まずはじめにしなければならないのは、PHPVに関する情報収集と、専門医によるセカンドオピニオンを聞くことだと思いました。 インターネットで調べたり、アメリカに住む友人たちにも協力してもらい情報を得ましたが、有効な手術や見えるようになったという事例はありませんでした。 私たちは大阪、東京でそれぞれ小児眼科の名医といわれる医師に診てもらって、友理にとって有効な治療がないなら、病院めぐりはやめることにしました。 世界中探し回ってでも見えるようになってほしい気持ちに変わりはないけれど、日々成長する友理にしてやれることはほかにたくさんあるはず。というのが夫婦の一致した考えだったからです。
ーーーー引用終了ーーーー
難病の診断にショックを受けた後で、次に向かっての冷静な対応を探すことは、はなかなか難しいことではありますが、初期に診療した医師を責めたり、自責の念に苛まれたりせず、次への適切な対応を選ばれたこの対応は優れています。

お子さんの元気な成長をこのように公表されたことは、同じ様な病気を持った子供さんの親たちにはずいぶんな励ましになっているだろうと思います。そのご姿勢に感服し、友理さんの元気な成長を祝福いたします。
(ページの中を探したのですが、コメント記入できる部分が見つからないので無許可で引用しています。お許しください。)

Categorised in: 未分類