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2009年1月12日

765 横浜市歴史博物館に行きました(2009.1.11) 

本日は成人の日、多くの着物を着た美しい新成人の方々が駅の辺りで見受けられました。
歴史博物館
東横線の日吉から横浜市営地下鉄グリーンラインに乗り換えてセンター北駅を降りると五分ほどのところに横浜市歴史博物館⇒wikipediaにリンクが有ります。鉄筋3階建てで吹き抜けも広くデザインにも工夫が凝らされた博物館です。今日はそこをざっと見て来ました。時間が無く訪ねられませんでしたが、隣接して国指定遺跡「大塚・歳勝土遺跡」を中心とした遺跡公園が有り、弥生時代の竪穴住居や環濠なども復元されているそうです。

原始の部屋では、氷河期の終了に伴う平均気温の上昇に伴って水面が100メートルも上昇し、その後の水面の20メートル程度の下降で貝塚が内陸部に残されたという経緯が詳しく説明されていました。現在地球の温暖化で南の島(や東京都の湾岸地域が)海に沈むといわれていますが、このような海面の変化は日本でも意外にもダイナミックに有史時代にもかかって起きていた事が良く解ります。人間の活動に伴う二酸化炭素の排出増加など無くても、過去数百万年の間に4万年から10万年の周期で多くの氷期が起きていて、約1万年前に終わった最後の氷河期のあと100メートルもの海水面の上昇があったとされていて驚きました。貝塚の位置を見ても最近では貝塚を作った人々の生きていたころよりも20mほど海水面は下がっているのだそうです。ゴアの不都合な真実というのも怪しい? 本当に、現在の人間による二酸化炭素の排出増加が海水面の上昇の主要な原因なのかどうかは検証しなおしてみる必要があるでしょう。(ノーベル賞まで与えられたゴア氏の不都合な真実は嘘?この話題に⇒リンク

また多くの石器が展示されていました。石器に使われた黒曜石の産地が、神津島と八ヶ岳山麓、それに箱根なのだそうですが、横浜近辺で使われた黒曜石の多くが神津島産という事で、その当時から船はかなり発達していたのだと想像をしました。

古代の部屋では、都筑郡が(国司の下に有る郡の役所)が模型で再現されていて、役所、台所、宿舎、それに税として徴収された品物を収納する高倉式の倉が整然と並ぶ様のコンピュータグラフィックが印象的でした。

近世の部屋では横浜市の伊勢崎町あたりの平野部が江戸時代に吉田新田として埋め立てられた経緯の説明が当時の残された写真と想像図で詳しく説明されていたのが印象的でした。

横浜開港から第二次大戦の空襲までの部屋には横浜から輸出された生糸の見本やラベルも展示されていました。関東大震災を学生で経験し、幸せな昭和初期と、大戦で召集された夫を失って、戦後女手一つで子供を育てたという夫人の見た横浜の街の変化の多画面ビデオは心を打たれるものでした。

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もしこんな展示に興味のある方は一度お訪ねになってみてはいかがでしょうか。
今の特別展示は「平成20年度横浜市指定・登録文化財展」と「横浜の遺跡展」でした。

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今日も最後まで眼を通してくださりありがとうございます。

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