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2006年5月29日

105 視覚認知とその異常

“神経眼科をやさしく理解するための視覚と眼球運動のすべて”
という本の企画で
“視覚認知とその異常にはなにがあるか?“
という項目を用意しました。

高次視覚認知障害の診断を受けてお悩みの患者さんやその家族の方々の参考になることを期待してここに掲載いたします。やや説明が専門的過ぎるかも知れませんがご容赦ください。
図の添付がまだ出来ません。暫時お待ちください。

この項目は、東京医科歯科大学眼科の堀江長春先生と清澤眼科医院院長の清澤源弘の共同執筆です。

あらすじ:
◎ 視覚認知とは目から入った視覚情報が“どういうも”ので“どのような状態”であるのかを理解することです。

○ 視覚認知の異常としては
1.半側空間無視すなわち空間認知障害、
2. 物体失認および相貌失認、
3.純粋失読および失読失書、
4.視覚性運動盲、
5.半側色覚異常
などがあります。

○ 特徴的な症状から脳病変の局在が想定されますが、CTやMRIなどの形態画像検査ではその原因がはっきりせず、PETなどの機能画像検査が有用となるものもあります。

ここから、本文

1、<見えていることを理解する、その仕組み>
視覚認知とは視覚情報が形や色や、その位置がどうなっているかと言う意味で、“どういうものであるか?”と言う事と、“誰の顔か?”、“危険な物か?”と言った“どのような意味を持つものか?”と言うことを分析処理して、理解することです。

○ 目に入った映像は網膜で電気信号に変換された後、視神経から視交叉、視索、外側膝状体を経て、さらに視放線から後頭葉の第一次視覚領(V1野)に伝わります。(図1)。

図1:眼と脳:視覚刺激は網膜から視神経、視交叉、視索、外側膝状体、視放線を経て後頭葉の第一次視覚領(V1野)に伝わります。
(このイラストはどの教科書にもある内容のもの)

○ しかし、V1野に伝えられた視覚情報はまだ単なる画像が映し出された状態です。

○ 映し出されたものが何であるのか、「青い帽子をかぶった息子が公園で自転車を走らせながらこちらに手を振っている」といった認知判断にはさらに高次の視覚中枢の関与が必要です。

◎ 視覚情報は大きく、形態覚系と視運動覚および空間立体覚系に分離されます。

○ 形態覚系はV1野から側頭葉を経由し、腹側視覚路を形成します。これには形態視に関与するV3野や、色彩視に関与するV4野、それにIT野などを含みます。

○ 一方、視運動覚および空間立体覚系は、V1野から頭頂葉を経由し、背側視覚路を形成します。

これには運動視の中枢であるV5野やMST野を含みます。

◎ この2つの並列投射路が前頭前野に出力されることで視覚情報は意味のある画像として認識されるのです。

◎ 視覚認知には、まず視覚情報が問題なくV1野まで伝えられている必要があります。

○ 知覚の障害があれば、表立った症状が見られなくとも認知障害も起きていると考えられます。

○ 実際、視覚認知障害にはいろいろなタイプの障害が見られるが、その多くは同名半盲を伴って起きることが多いのです。

2、<食卓の左半分のおかずをいつも残す> 半側空間無視すなわち空間認知障害

◎ 脳障害の反体側半視野に提示された視覚刺激に対し、反応を示さない状態を半側空間無視といいいます。

○ 特に右頭頂葉下部の障害で出現し(図2)、しばしば同名性の視野欠損を伴いますが、半盲だけでは説明のできない「無視」を伴い、視覚性無視のみならず聴覚性、運動性、体感覚性の無視が混在することが多いです。
○ 図2:半側空間無視の症例:くも膜下出血後に大脳鎌ヘルニアを発症した症例です。PETでは右頭頂葉下部と前部帯状回を含めた右半球全体の脳糖代謝低下がみられました(自験例です)。

○ 検査法として線分の等分割の課題があります。

○ 図3:左半側空間無視の線分抹消試験:左半側に提示された視覚刺激に関心を示すことができません。

○ これは数本の線分を提示し線の中間点を示させるものですが、左半側空間の患者では中間点を示す線が中央に置かれた元の直線の右寄りに記入されたり、複数の直線が紙に記されている場合に左側にある線分に気づかないことが起こります(図3)。

○ 視覚無視に伴って、物と物の位置関係、奥行きや距離感が障害される状態すなわち空間認知障害が起きることもあります。

○ 重症例では、患者は周りの世界がまるで写真を見ているように立体感のない印象を持つということです。

追記:2006.10.02(http://www.fujimoto.or.jp/y_news/33.htm)には八日会のページに半側空間無視の優れた説明が有ります⇒リンク

3、<これなんだ?>:物体失認および相貌失認

◎ 視覚的に提示されたものの名前を呼称したり、動物・花といったカテゴリーの分類をしたり、見たものの性質の説明ができないにもかかわらず、視覚以外の触覚、聴覚などの感覚を利用すれば物体の性質の認識ができるという状態があります。

○ この状態を視物体失認といいます(図4)。
○ 図4:視物体失認の例:これはなんですか?何に使うものですか?→はさみ、ものを切る道具。といった答えができません。

○ この病変は(脳の下面にあって前後を結ぶ神経線維の束である)下縦束を含む病変に合併し、両側性の後頭葉から側頭葉の内下面にかけての病巣をもつことが多いです。

○ この病変は後大脳動脈領域の梗塞に由来するものが多いです。

◎ また、見ているものが“顔”であることはわかっても、それが誰の顔であるかが認知できなくなり、重症例では鏡に映る自分自身の顔も誰だか特定できなくなるという状態は、特に相貌失認と呼ばれています。

○ 声など視覚以外の情報があると「自分の妻だ」などと人物の特定ができます。しばしば、この症状はV1野の高度な障害を伴う両側後大脳動脈領域の障害でみられます。

○ 視物体失認では相貌失認や純粋失読、記憶障害を合併することが多いです。

4、<文字が書けるのに読めない・漢字がかけない>:純粋失読および失読失書、

◎ 書くことができるのに読むことができないものを純粋失読といいます。

○ この状態では、聞き取りや会話は可能でありながら、書かれた文字を読むことが障害されます。

○ さらに日本人では漢字処理が強く障害される例と、ひらがなの処理が強く障害されるものが分かれます。

○ 純粋失読は(後頭葉の後ろ端にある)視覚領と、(側頭葉の中央にある)Wernicke言語野の離断症状と考えられていて、その原因は左後頭葉から脳梁膨大部へ広がる病変です。

○ その原因は後大脳動脈領域の梗塞によるものがほとんどで、右同名半盲を合併します。

○ 失読に失書を合併した失読失書は左角回病変に見られることが多いですが、漢字処理が強く障害されるタイプの失読失書では左下側頭回の病変が見られることが多く、かな処理ができないタイプの失読失書の症例では左角回病変が見られることが多いです。

○ これは日本語の脳内処理に表意文字としての漢字と表音文字としてのかなが別の脳内の経路出処理されることによると考えられています(図5)。

○ 図5:漢字失読失書の例:MRIでは左側頭葉下部(IT)のMRI 高信号が見え、PETの脳血流画像では同部位での脳血流の低下がみられています(自験例)。(矢印)

5、<ボールの動きがわからない>:視覚性運動盲

◎ 視覚的な運動の感覚が失われることを視覚性運動盲といいます。

○ 視覚以外の聴覚(耳で聞く音の感覚)や触覚(指で触れる感覚)からの運動の知覚には異常がないにもかかわらず、患者は「サッカーの試合を見ているとボールが止まって見え、突然別のところにボールが現れる」様に感じると訴えます(図6)。
図6:視覚性運動盲の例:テレビでサッカーを見ても視覚性運動盲の患者にはボールが止まって見えるといいます。

○ 動きの中枢である両側のV5野の障害が原因と考えられている。

6、<右上の空だけくもっている>:半側色覚異常

◎ 半側色覚異常は半側視野の中だけでみられる色覚障害で、右上1/4に出現することが多いものです。

○ 患者は図7に示すように色覚異常部分が灰色の世界のように感じます(図7)。


図7:半側色覚異常の視覚のイメージ。半側色覚異常は半側視野の中だけでみられる色覚障害で、右上1/4に出現することが多いです

○ これは、後頭側頭葉にある紡錘状回と舌状回にある大脳の色覚中枢であるV4野の障害です(図8)。

○ 図8:中枢性色覚異常の例:左と中央のMRI画像では左後頭葉内下面の梗塞があり、脳血流のPET画像では同部の脳血流低下がみられています。

○ このような色覚障害は他の視覚認知障害が同名半盲を伴うことが多いのと同様に、相貌失認や失読などの他の視覚認知障害とともにみられることも多いとされています。

7、診断は総合的に◎ 人の脳内には多くの確定されている視覚に関連する高次中枢があります(図9)。

図9:人の脳で確認されている視覚関連領域の分布です、Tootell RB, et al. 1996. Trends Neurosci. 19:481-489などにさらに詳しい図があります。

○ 視覚認知障害の診断にはCT、やMRIが不可欠ですが、視覚認知障害を示唆する症状を示しながら画像診断では病変が検出できない症例もあります。

○ PETなどの機能画像検査や他の臨床所見なども加味しながら総合的に判断することが必要です。

受診を求める患者さんへの著者注:

○ このような中枢性の視覚障害は神経内科の中でも、特に神経心理学と呼ばれる分野の診療科で長い間診断と治療がなされてきました。

○ 眼科の中でも私たち神経眼科を扱うグループは少しでも患者さんの役に立つ情報を与えるべく努力をしています。

○ 板橋区大山にある東京都老人医療センター(03-3964-3241)神経内科の石井賢二先生は視覚失認にも造詣が深く、PET(ポジトロン断層法) を用いた診断がお得意で、これを通した的確な指導がいただけるかもしれません。この病院には神経心理学の専門家も居ますので総合的な評価が期待できます。東京都老人医療センター(=東京都老人研究所)は私たちのグループからもPET検査のお手伝いに医師を派遣している共同研究施設で、堀江長春医師が研究生に、鈴木幸久非常勤講師はこのセンターの非常勤研究員に、私も協力研究員にしていただいています。うえに示したPET 画像はここで得られたものです。

国際医療福祉大学付属三田病院(港区三田03-3451-8121)の武田克彦先生は神経内科の中でも神経心理の専門家で、分かりやすい神経心理の一般書(脳卒中―ならないために,なってしまったときに
)や、下に示す視覚認知障害のリハビリの本も著しています。日赤医療センターから最近この病院に教授になって移り、その挨拶状も最近戴きました。彼は、私とは幼稚園、小学校、高校がみな同級で、私が子供のときの小児科の主治医は彼の父親でした。とても優秀な医師ですが、とても優しい眼をした温厚で篤実な先生です。“迷ったときの医者選び 首都圏“にも収載されています。

takeda book

参考文献:
1.Tootell RBH, Hadjikhani NK, Vanduffel WV, et al:Functional analysis of primary visual cortex (V1) in humans. Proc Natl Acad Sci U.S.A. 95:811-817,1998
2. ケルメルHW:視覚認知の障害、井上有史、馬屋原健訳:視覚の神経学,シュプリンガー・フェアラーク東京,pp97-112,1990
3.清澤源弘:脳血管障害と高次視覚障.日本の眼科72:13-16,2001
4.石川真理、清澤源弘、鈴木幸久、石井賢二:右同名半盲と純粋失読を示した後頭葉梗塞の一例、日本眼科紀要、56:459-462、2005
5.堀江長春、清澤源弘:SPECTとPETの適応は?,眼科プラクティス5 これならわかる神経眼科,文光堂,p142,2005

最後まで見てくださってありがとうございます。
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2006.10.2補筆

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