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2006年4月20日

81 未熟児網膜症、未熟網膜症とは

81 未熟児網膜症、未熟網膜症とは(2015.4.8加筆修正、復旧)
mijyukuji未熟児の写真(出典にリンク
mijyukuji未熟児網膜症(retinopathy of prematurity) (管理頁

(図の出典リンク)

未熟児網膜症(ROP)は網膜や網膜の血管の未熟性を原因とした網膜の疾患です。

血管増殖性病変で、重症例では網膜剥離となり重度の視力障害を生じます。

未熟児網膜症は網膜血管および網膜組織の代謝系が未熟であることを基盤とし、1950年後半から未熟児に対する酸素投与がその唯一の原因と考えられました。

しかし現在では、酸素投与に関係なく未熟児ではこの変化がおきることが知られるに至り、動脈血酸素分圧の上昇や変動を未熟児網膜症の重要な加速因子と考えるべきであると考えられるようになりました。

体重の少ない未熟な状態で出生した新生児では、子どもの未熟な網膜周辺部の網膜血管がさらに細くなり、この状態が続くと血管のない部分の網膜が無酸素状態になります。

この部分では網膜の血管の発育が悪いので、出生したあとでも血管が伸びていきます。
スケッチROP(図:左右の未熟児網膜症の眼底を眼科医がスケッチする原図です。網膜の血管は眼底の視神経を中心に伸びてゆくので、左右の眼の耳側に血管が足りない部分ができ、網膜も耳側に引っ張られることが多いです。ダブルクリックすると拡大してみることができます。)

最も多いI型の未熟児網膜症はまず反応性の血管増生(1期)で始まります。

次の時期が、こうしてできた新生血管と無血管域の間に境界線が形成される2期です。

さらに血管の増殖が高度になると、眼球内のゼリー状の部分(硝子体)の内部への血管増生やそこからの出血が起こる3期になります。
 
この時点から、自然に落ち着いてゆく場合が多いのですが、重症例では部分的な網膜剥離をしめす4期に進むものがあり、さらに網膜全体がはがれてしまう全剥離の5期となる症例があります。

断面図ROP
図の出典にリンク、未熟児網膜症の網膜剥離の重症なものでは網膜がトランペットの朝顔の様に眼球の壁からはがれてしぼんでしまいますから、それを開いて戻す網膜と硝子体の手術がおこなわれます。)

また、症状が急速に進行し網膜剥離になるⅡ型の症例もあります。

未熟児網膜症の診断は小児科医ではなくて眼科医がします。

出生体重1800g以下、在胎週数34週以下の症例では、生後3週以降から定期的な眼底検査が勧められます。

いったん未熟児網膜症が発見された場合には診察の間隔を一週間などと短くして、次の段階に進んでこないことを確認し、必要があれば、網膜光凝固や網膜冷凍凝固を行います。

子供が成長し、網膜も安定すれば半年に一度などの長い間隔の診察でもでもよくなります。

私が東北大学にいた頃に、周産母子部から未熟児の診断をしばしば求められました。

これは小さな子供を保温器の中で見なければならず、すばやくしないと子供の体温が下がってしまうので、なかなか難しいものでした。

瞳孔を開く目薬をつけても瞳孔の開きが悪く、次回もう一度検査しようと思うようなときは、それが変化の最初の兆候だから注意しないと危ないと言うことも先輩に教えられました。

高濃度酸素療法など新生児にある程度の期間にわたって酸素を与える治療を行った子供では、退院前に眼科での眼底検査を受けるのがよいでしょう。

I型は自然に治まる傾向が強いものの、3期の中期でさらに進行が予想される場合には治療が必要と判断します。 Ⅱ型ではただちに治療を開始します。

治療はアルゴンレーザーによる網膜の血管の足りない部分への光凝固術が主体ですが、出血で眼底が十分に見えない場合などでは冷凍凝固術も行われます。

網膜を増殖性の組織が引き上げて網膜剥離が起きてしまっている場合などでは硝子体手術も行われます。

スケペンス
スケペンスの画像リンク
日本人の広瀬先生は網膜剥離の大家スケペンス博士の弟子で、このような手術をボストンでたくさん行って世界に名を知られた方です。日本国内にもその流れを汲む網膜硝子体の優れた術者が多数居ます。

1990年に出生した超低出生体重児(1000g未満)の6歳時の全国調査では未熟児網膜症による両眼失明の頻度は2・2%と報告されているそうです。

母校の東北大学の眼科医局員時代に私が医局の先輩から教えられた所では、未熟児網膜症に世界で初めて網膜の冷凍凝固を用いたのは当時東北大学で治療をしていた山下由紀子先生や佐々木一之助教授(後の金沢医科大学主任教授)たち東北大学のグループで、昭和50年ころのこと(私はまだ学生でした。)であったようです。

また現在の世界の未熟児網膜症の治療基準を作ったのは、私が平成1年頃に世話になったフィラデルフィアのウイルズ眼科病院Wills Eye HospitalのWilliam Tasmanタスマン病院長たちでした。

日本ではよさそうな治療法を誰かが発表すると、十分な検証もなく、皆がそれに追随したがりますが、アメリカではEBM(evidence based medicine事実に基づいた治療)と言うことがまじめに唱えられています。

眼科専門医向けですが、エビデンス眼科;樋田哲雄監訳、などと言う本もあります。未熟児網膜症はこの48-58Pです。参照、)

未熟児網膜症に対しても光凝固や冷凍凝固をするのは15年来の当然な事柄と思っていた私の目の前で、大規模な未熟児網膜症の多施設治療実験が全米で始められていたのは大きな驚きでした。今から思えば、どのような患者さんに何を行うとどのくらいの効果が上がるかを考えるのは当然だったのですが。

帰国後に、当時の私の上司であった東京医科歯科大学の所敬教授がタスマン教授を、1993年の第98回日本眼科学会総会の特別講演の演者として招待しました。

この後、昔の教え子である私にタスマン教授がお土産に下さったのがこのブログの筆頭の図の著者Flynn博士との共著のRetinopathy of Prematurityのサイン付の本(リンク)でした。To Motohiro Kiyosawa, With best wishes and very thanks. Sincerely yours Bill Tasmanとサインされたこの本は今でも私のもっとも大事な宝物のひとつですmijyukuji

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今日も最後まで眼を通してくださりありがとうございます。

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