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2021年10月10日

13136:学校では教えない「士農工商」という大嘘:江戸時代の按摩さんの意味は、 小名木善行動画

清澤のコメント;本日は10月10日で、眼の愛護デー。小名木善幸さんの日本史講義は日本に自信を持とうというお話のシリーズです。今日の話題は、江戸時代の身分制度。これは全く固定されたものでは無かった。また国民の識字率も高く、全国の各藩は民度の向上に努めた。武家の養子に行けるような特技の無い武家の二三男は、小作人になるものも多かった。そして、今日の眼の話題へ。失明者に按摩で生活させる制度は日本固有の優れたものであったと話しています。

その日本の形の中でよくあらわれというのがいわゆる身体障害者となってる人たちに対する対応です。西洋では進退障害者というのはとりあえずなかったことにした。

目が見えない。これは、戦の時に矢が目に刺さってしまったと言うふうなケースはいっぱいある。

そういうふうな人たちがどうしたか?江戸時代の日本では目が見えない人はあんまさんになって生きることができるようになってました。

按摩さんというのはこれはそういう障害を負った人ではあるわけですけど障害を負った人というのは実は、最も高貴な魂を持って生まれてきた人たちであるというふうに当時は考えられていました。人間というのは魂の乗り物でしかなく、魂が本体であって、肉体というのは乗り物に過ぎない。

何のために生まれてくるかといえば、この世で修行をしてよりよい神様となっていくことができるように、この世で修行していると。

それでは五体満足で美男美女に生まれてくるわけではなくて、半身不随とか目が見えないとか、そういう障害を持って生まれてくる場合には、あるいは中途障害であっても、そういう人たちというのは最初からそういう人生というのを選んで生まれてきてるんだと。

それはこのように最も辛い日々を送ることによってわが心を鍛え、より次元の高い高貴な神様になっていこうとしている。そういう魂を持った人たちなんだと。だからこそ障害を持った人たち、例えば按摩さんであれば按摩さんというのは目が見えない、目が見えないということは高貴な魂を持っている。その高貴な魂を持ってる人に肩に触れてマッサージをしてもらう。そうすると当然のことながら高貴な魂に触れてもらうわけですから、凝りもを触っていく。そのように考えられていました。ですから按摩さんがピーヒョロローってあの笛を吹きながらつえをついて歩いてくるんですけども、もう10メートルも歩かないうち按摩さんお願いしまーす、と言ってお声がかけられる。ーーこれはの武家屋敷だとか町人だとかは関係ないですよ。

中略;

1年間で今でいえば、400万500万と貯まってくる。これを10年続けたら4000ー5000万という金額になってくる。で、今度はそのお金をもう武家とかはお金がなかったので、貸し付けることがありました。これは結構利息が高いです。武士は約束を守るという存在でしたから、期日には確実にお金が返ってる。20年越しで今の相場を言ったらね1億円以上の預金があるといったような状態になっていった。そこで5000万使って御家人の株を買うというふうなこともできるという。それぐらいだから障害を持っていてもその生涯の中で働いてちゃんと稼ぐことができるような仕組みというものをちゃんと作っていた。

そういう風な障害者も本当に自活していくということができるような仕組みをを実現した国っていうのは世界広しと言えども日本だけです。

そういう意味で江戸の身分制というものも、ただただ差別がどうのこうのとかそういうふうなことばかりに目を向けるのではなくて、実際のとこどうだったんだろうかというふうなことをしっかりと見ていくとより大きな知的な生活というものを得ることができるでしょうし、また日本人としての自信もできるのではなかろうかと思います。

Categorised in: 社会・経済