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2020年2月29日

11564:時代を駆け抜けて、先日焼死した兜町の風雲児中江滋樹氏を悼む

清澤のコメント:私が大学を卒業したころの仕手筋の中心人物に中江滋樹氏がいた。偶然にも今年1月に会った某新聞社の人との話の中にこの中江滋樹氏の話が出た。私としては仕手筋の本尊であったのか、はたまた詐欺師であったのかは知らない。ただ、当時は清楚な感じで売り出していて、私も素敵な人だと思っていた若手の歌手に家を買ってやったというような噂が出て、その歌手は中江氏が摘発されるに伴って、表社会からは消えたことを覚えていた。新聞社の人によれば、その歌手は、現在も大学の特任教授として活躍しているのだという事であり、確かにグーグルを紐解けばその名前の人がいた。新聞社氏によれば、最近の中江氏は葛飾区辺りのアパートに細々と居住していて、インタビューも受けているとのことであった。そうなのか、と聞いていたところ、中江氏が自分のアパートで焼死したという記事を見つけた。そして、日刊ゲンダイのウェブページには中江滋樹氏のインタビュー記事の一覧が出ている。

その記事を読みつないでみると、関西で立った中江氏が東京に出てきた由来、テレビ朝日専務の知遇を得て多くの政治家とも知り合うことが出来たことが判る。そして、安全のためと思った政治家との付き合いが、逆に検察の責めるところとなり、その結果で収監された。出所後は、一般投資家との取引が出来ず、反社勢力との付き合いに沈む。そして、三井埠頭の倒産に伴う手形詐欺事件への関与で、身の危険を感じて海外を転々として身を隠すこととなったらしい。カナダのビザが切れていたことで強制送還されてみたら、彼を追っていたはずの反社勢力はこの事件で実は実利を上げており、彼は追われてはいなかったのだと言う。しかし、長い逃亡生活で残余の資産を使い果たして、最近の7年ほどは、葛飾区のアパートに隠棲していたという事らしい。昭和から平成を駆け抜けた私ともほぼ同世代の中江滋樹氏の冥福を祈りたい。(注:加藤 暠(かとう あきら、1941年 – 2016年12月26日)は、1980年代に株投機集団「誠備グループ」を率いて「兜町の風雲児」と呼ばれた相場師とは別人です。加藤が手掛ける銘柄は「k筋」「k銘柄」などと呼ばれ、晩年に至るまで強い影響力を持ち続けたとされています。)

日刊ゲンダイDIGITAL /マネー /マネーの達人 /コラム:から記事のリスト (実際の時系列と記事掲載の時系列は逆です)

※中江滋樹氏とみられる焼死体が2月20日午前、東京・葛飾区の自宅アパートで見つかった。身元確認作業が行われているが、本連載は2019年から続けてきたインタビュー。

中江滋樹「投資ジャーナル」元会長:「投資ジャーナル」元会長。1954年、滋賀県近江八幡市生まれ。県立彦根東高校卒業。一時「兜町の風雲児」として注目されたが、1985年、7000人余りから580億円をだまし取ったとされる詐欺事件が発覚。首謀者として逮捕され、懲役6年の判決を受ける。その後、表舞台から姿を消し、一時死亡説も流れた。

“兜町の風雲児”ゼニの哲学

•2020年2月23日 銀座で知り合った400勝投手・金田正一と漫画家・本宮ひろ志

•2020年2月16日 佐川正明や稲盛和夫…東京進出後に広がった経営者との人脈

 東京進出後の20代の中江は、政治家や若手経営者に人脈を広げていった。レンタルレコードの「黎紅堂」の大浦清一社長から佐川急便2代目の佐川正明氏を紹介してもらい、その誘いで京都の佐川急便の細川別邸に行っ…

•2020年2月9日 田中邸で聞いた角栄節「ここでこの国のすべてが決まる」

 大物総会屋として名を馳せた木島力也と中江が初めて顔を合わせたころの政界は大荒れだった。田中角栄と福田赳夫の熾烈な覇権争いから自民党内では大平正芳総理をめぐって“四十日抗争”が起きていた。その結果、野…

•2020年2月2日 第一勧銀や川崎製鉄に影響を持つ「日本一の馬主」の別の顔

 株投資で2割の儲けを10回続ければ、持ちガネが倍になるという理論で始めた「ツーバイツー」。それが評判になり、多くの客を獲得したことが商売のスタートだった中江。しかし、「情報社会は東京に本社がなければ…

•2020年1月26日 借金はないが…今は資金もなく「静かに暮らす」日々

 平成10年の「三井埠頭」倒産にからんで、暴力団に「50億円を損させた」と考えた中江。これは殺される、逃げるしかないと海外へ脱出。  銀座の女性と一緒にハワイやロス、バンクーバーなどを転々とし身…

•2020年1月19日 平成10年の「三井埠頭」手形乱発事件では“死亡説”も流れた

 出所後の中江が再び世間をにぎわした出来事のひとつが、平成10年に発覚した「三井埠頭」の手形乱発事件である。業績不振の三井埠頭(東証2部上場・10年倒産)の手形が街金業者に出回り大騒ぎになった。裏にい…

  • 2020年1月12日 仮出所後に注目を集めた「ヤハギ」株買い占め騒動の真相 

 平成4年に滋賀刑務所を仮出所した中江。周りが放ってはおかず、暴力団関係者が一方的に、「自由に使ってください」と置いていった資金を受け、再び相場の世界へ舞い戻ることになった。  平成8年ごろ、麻…

•2020年1月5日 仮出所した中江滋樹を高級車で迎えた意外な人物とは? 

 投資ジャーナル事件で懲役6年の刑に服した中江滋樹が滋賀刑務所を仮出所したのは、平成4年10月1日。すでに時代は昭和から平成へと移っていた。  出所した中江を高級車が迎えてくれた。当時のテンポラ…

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・2019年12月29日 3年近い拘置所生活 つかの間の保釈期間は女と遊びまくった 

 容疑が確定し、中江は警視庁の留置場から小菅の東京拘置所に移送される。  つらい拘置所暮らしが始まった。拘置所に検事が来ることは、もうなかったという。 「ボクが詐欺を絶対に認めなかったのは…

•2019年12月22日 検察は「中江さんが認めてくれたら日本の政治が奇麗になる」と 

 昭和60年。東京地検特捜部は、20日間の勾留期限満了まで取り調べを続け、7月10日に5億5000万円の詐欺容疑で中江を東京地方裁判所に起訴した。中江の妻と経理担当の女性社員の2人は、処分保留で釈放さ…

・2019年12月15日 勾留生活は2年10カ月…詐欺容疑はずっと否認し続けた 

 昭和60年6月19日に逮捕された中江は、警視庁本部の留置場にある独居房に勾留された。翌日、中江の身柄は検察庁に詐欺容疑で送検され、以来、同63年3月に保釈されるまで、2年10カ月に及ぶ長い勾留生活が…

•            2019年12月8日 1000万円の賞金レースで幹部を競わせ、丸刈りの罰ゲームも 

 投資ジャーナル時代、独特の人心掌握術で200社、3000人の社員を束ねてきた中江。さらに社員のやる気を引き出すために「賞金レース」というショーを仕掛けた。 「社員の仕事ぶりを見ていると、仕事の…

•            2019年12月1日 独特だった「投資ジャーナル」の人心掌握術 そのヒントは 

 ここで、中江の人心掌握術について語ってもらう。投資ジャーナルは最盛期、関連会社200社、社員3000人にまで膨らんだからだ。 「ボクは会社の組織を“柱制度”と呼んでいた。当然、ボクが大黒柱で、…

•            2019年11月24日 豊田商事刺殺事件で急きょ逮捕…検察はこう揺さぶってきた 

 昭和60年、逃避先のヨーロッパから帰国した中江が最初に受けたショックは、三浦甲子二・テレビ朝日専務の死去だった。 「5月10日に三浦の親父が亡くなったことを知って会いに行った。お通夜の参列者が…

•            2019年11月17日 マスコミの動きで逮捕を察知 海外逃避先で家宅捜索を知る 

 快進撃を続けてきた投資ジャーナルと中江滋樹。その行く手に暗雲が垂れ込み始めたのは昭和59年だった。この年の2月ごろから関東電化が急落し始め、各証券会社も中江銘柄の取り扱いを自粛するようになる。そして…

•            2019年11月10日 政治家への金は10億円 倉田まり子さんには申し訳なかった 

 政財界に太いパイプを持つ三浦甲子二・テレビ朝日専務の知遇を得た中江は、毎晩のように政治家、財界人の会合に呼び出され、名が知られるようになっていった。 「三浦の親父から『すぐ来い』と電話が来るん…

•            2019年11月3日 “禁じ手”の融資を投じ…毎日2億5000万円が集まった絶頂期 

 昭和53年、24歳のときに東京・兜町に事務所を構えてから3年目。中江に最初のピンチが訪れる。  昭和56年9月、金融会社との間で関東電化の30万株の受け渡しができない事態になったのだ。それを受…

•            2019年10月27日 田中角栄からは3000万円を突き返された

 東京に出てあっという間に億単位のお金を動かすまでになった田舎少年は、お大尽遊びも覚えた。赤坂の料亭「川崎」の常連となり、銀座の高級クラブをはしごする毎日だった。 「ボクは、カードを持っていない…

•            2019年10月20日 証券界に名前が広まり いよいよ目白で田中角栄と面談

 関東電化に続いて日本曹達、日本板硝子と株価の上昇を的中させるが、中でも大相場になったのは、青木建設だった。 「スプーン曲げのユリ・ゲラーを招いてパーティーをやった。青木建設の社長と娘さんが来て…

•            ]2019年10月12日 24歳。満を持して東京兜町に進出 

 山科の家賃3万円の安アパートから始めた「ツーバイツー」は、中江の独自の発想によるリポートが投資家に受けて入会者が殺到した。  「毎日、現金書留が山のように来て、手提げ金庫に現金が入りきらなかっ…

•            2019年10月6日 株式レポートが大当たり 現金書留が毎日山のように届く

 昭和48年にトイレットペーパー買い占め騒動のオイルショックで相場は大暴落。名古屋の「三愛経済研究所」の大口会員が大損を被る修羅場も見てきた。相場の怖さも十分に知った。3年勤めた三愛を辞めたのは、自分…

•            2019年9月29日 全国模試の数学で3番になった秀才も家出を機に進学断念 

 ジャパンライン相場で大きな結果を出した中江だが、その年の大学受験には失敗した。しかし進学を諦めてはいなかった。経済評論家の竹村健一がテレビで「これからの世の中は大卒でないと通用しない」と発言していた…

•            2019年9月22日 人生を決めた「ジャパンライン」相場 学生服姿で株主総会へ 

・ニクソン・ショック後の輸出関連株の高騰を「二番天井」と読み間違えた中江。高校生らしからぬ大胆なカラ売りを断行して数百万円の損失を被った。  父親から“死ぬなよ”と言われるほどのショックを受けた…

•2019年9月15日 ニクソン・ショックで天国と地獄を味わう 泣く自分に父は 

 証券会社の外交員を父親にもつ中江少年は小遣いを貯め、小学5年生から株を始めた。高校生でカラ売りも覚え、連戦連勝。「オレは株の天才」と思った矢先……。  昭和46年8月16日、日本経済に激震が走…

・2019年9月8日 四季報を見て小学5年生で日活株を…2万円の元手が4万円に 

 誰しもカネは欲しい。しかし、カネがカネを生む投資ゲームにハマると、お定まりの転落が待っている。かつて「兜町の風雲児」ともてはやされた中江滋樹(65)もそのひとり。相場で数百億円の個人財産と、華麗なる…

Categorised in: 社会・経済