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2020年1月25日

11459:奇蹟の芸術都市バルセロナ 2月8日(土)東京ステーションギャラリー展覧会情報です

バルセロナを州都とするカタルーニアはスペインで対フランス国境の東端。ビルバオを州都とするバスクはその国境の西端付近。共に、スペインからの独立運動が有る。ゲルニカはバスクにある町です。

清澤のコメント:今、カタロニアが熱い。 特に1850年代から、1930年代後半のスペイン内戦にかけてのカタロニア芸術の成熟を訪ねよう。典型的にはパリのアールヌーボーやアールデコを思わせる曲線を強調したデザイン感の様です。私も時にこの地域にひどく惹かれます。

追記:2月16日眼科講習会の後、東京駅ステーションギャラリーに行ってきました。スペイン内戦でバルセロナ市は共和国軍に付き、ファシストのフランコ将軍側に完敗しました。こうして華やかなバルセロナの芸術は停滞します。

ジュアキム・ミール、リガル・グラネイ社《幼少期のマリア》1910-13年、カタルーニャ美術館
2017年当時の記事。パウ・カザルスとは腕にだいぶん差がありましたが、友人の弾く「鳥の歌」を初めて聴かされました。

ーーギャラリーHPから展覧会の概要紹介ーー

スペイン、カタルーニャ自治州の州都バルセロナは、食文化、スポーツ、世界遺産サグラダ・ファミリアなど豊かな観光資源で人々を魅了しつづける国際都市です。温暖な気候、経済的発展、そして独自の言語文化を背景に、バルセロナは特異な芸術文化を形成してきました。

ムダルニズマ の建築

都市の近代化が進んだ1850年代から、1930年代後半のスペイン内戦に至るまでの約80年間は、カタルーニャ芸術が最も成熟した時期でもありました。アントニ・ガウディをはじめ現在のバルセロナの景観を形作った建築家たち、ここで若き日々を過ごしたピカソ、同じくここを足掛かりに世界的に活躍したミロやダリ、そして、カフェ「四匹の猫」などこの街で多彩な活動を繰り広げました。本展は、絵画、ドローイング、彫刻、家具、宝飾品など約130点で、世紀末カタルーニャに満ちた熱気を伝えます。

Ⅰ. 都市の拡張とバルセロナ万博

18世紀初頭、カタルーニャはスペイン継承戦争により自治権を失ったものの、植民地との貿易や産業革命に伴い徐々に活気を取り戻しました。その一方、都市部の人口増加が衛生環境の悪化をまねき、バルセロナは1859年都市拡張プランを採用し、1888年には万国博覧会も開催されました。また文化的アイデンティティが確立していきました。

Ⅱ. コスモポリスの光と影

19世紀後半、富を得たブルジョワジーは競い合って邸宅を建てました。「カザ・バッリョー」(アントニ・ガウディ設計)等はこの頃の名建築です。これらの室内を飾ったのは豪華な工芸品や甘美な絵画でした。一方、社会には光と影が混在していました。

Ⅲ. パリへの憧憬とムダルニズマ

19世紀末、多くの芸術家はパリへの憧れを抱きました。新たな芸術表現の感触を得たルシニョルは、帰国後、バルセロナ近郊の小村で「ムダルニズマ祭」を主宰。美術・音楽・演劇のジャンルを超える総合芸術を目指しました。一方、ムダルニズマとは異なる芸術の流れも生まれていました。


ムダルニズマModernisme:カタルーニャ語で「近代主義」の意。19世紀末から20世紀初頭にかけて、バルセロナを中心に興った芸術様式。アール・ヌーヴォーや中世の様式からも影響を受け広く波及しました。]

Ⅳ. 「四匹の猫」

パリのカフェ「シャ・ノワール(黒猫)」からヒントを得て、ラモン・カザスは仲間四人で、1897年、バルセロナにカフェ「四匹の猫」を開きました。店では、展覧会、音楽会、人形劇、朗読会が盛んに行われ、カタルーニャ文化の発信地となります。若き日のピカソは、初めての個展をここで開きました。

Ⅴ. ノウサンティズマ―地中海へのまなざし

1898年の米西戦争敗北を機に、スペイン中央政府との対立が激しくなったカタルーニャでは、彼らの民族性を重視する保守的思想が強くなりました。芸術においては、かつて繁栄した地中海文明への回帰を特徴とする「ノウサンティズマ(1900年代主義)」が生まれます。1929年のバルセロナ国際博覧会は、カタルーニャ芸術の主流がムダルニズマからノウサンティズマへと移行したことを印象づける場となりました。

Ⅵ. 前衛美術の勃興、そして内戦へ

ピカソに続くように、ミロやダリは1920年代以降パリに進出。やがて、シュルレアリスムの中心人物となりました。また、ル・コルビュジエに影響を受けたバルセロナの建築家がグループを結成するなど、建築界でも前衛的動向がありました。そして、1936年7月、スペイン内戦勃発。フランコ率いる反乱軍と、カタルーニャを含む人民戦線軍が交戦するなか、反乱軍はバスク地方ゲルニカを攻撃。ピカソをはじめ多くの芸術家が立ち上がりました。

市民に対する無差別爆撃で知られるゲルニカを描いたピカソの絵
内戦を描いたイギリスからの義勇兵ジョージ・オーウェルの名著です。

Categorised in: 社会・経済