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2019年9月22日

11103:独ソ戦絶滅戦争の惨禍:読後印象

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書) 新書 – 2019/7/20

大木 毅 (著)

清澤のコメント;世界が再び戦争などの不安定状態に向かっているように見える。そんな中で書店で見かけて購入した新書。そもそも、ソ連軍はスターリンによる国内の粛清で1940年当時軍内に経験のある士官が激減して、弱体化していた。一方ドイツ軍とヒトラーは必ずしも反りが良かったわけではない。敵(イギリス)の敵(ソ連)は味方という論理でヒトラーがスターリンと一時的に組んだのを見て、当時ソ連軍と対峙して日独伊3国同盟を結んでいだ日本政府が、独ソ不可侵条約成立( 1939年8月23日 )を不可解と評価したも当然。ポーランドを挟み対峙していたソ連にドイツ軍が侵攻。ドイツは1941年6月22日バルバロッサ作戦を開始した。初戦は電撃戦という空軍と陸軍を組み合わせた迅速な侵攻を見せた。①北方軍集団はバルト3国からレニングラードに向かう道、②中央軍集団は政治的な意味の強い首都モスクワに向かう経路、③そして南方軍集団はウクライナからウクライナとスターリングラードに向かう石油 などの資源を希求する道。ドイツ軍部はモスクワを、そしてヒトラーはウクライナをより強く求めた。作戦の停滞を理由にヒトラーはドイツ軍の将軍たちを更迭し、1942年には自らが陸軍の司令官を兼任することで主導権を確立する。しかし、長くなりすぎた補給線と2度にわたる厳冬期を経てドイツ軍は劣勢になる。ドイツ軍の戦車や兵員などの減損も激しく、食糧燃料の補給も続かない。被占領地域に残されソ連軍部隊による補給線への攻撃も更に効いてくる。これに対して、ソ連軍は広大な国土から新たな部隊を編成した。またスパイ・ゾルゲの「日本はロシアとの開戦はしない」という東京情報に従って、多くの部隊をヨーロッパに移動させることも出来た。占領地域に対する過酷な挑発や圧政は反抗するパルチザンの成長も呼ぶ。斯くして、ドイツ軍は多くの捕虜を出して敗退し、ベルリンの陥落へと至る。この戦争では両国が戦いに勝つことだけではなく、敵国民を殲滅すること(絶滅戦争)を目指したゆえに多くの人的被害をひき起こしたという視点が大切なようである。次の2冊もお勧めします。

関連記事①3018 『琥珀の眼の兎』エドマンド・ドゥ・ヴァール

②4644 HHhHプラハ、1942年、(Himmlers Hirn heiszt Heydrichヒムラーの頭脳はハイドリッヒと呼ばれる)

アマゾン書評から内容紹介

「これは絶滅戦争なのだ」。ヒトラーがそう断言したとき、ドイツとソ連との血で血を洗う皆殺しの闘争が始まった。日本人の想像を絶する独ソ戦の惨禍。軍事作戦の進行を追うだけでは、この戦いが顕現させた生き地獄を見過ごすことになるだろう。歴史修正主義の歪曲を正し、現代の野蛮とも呼ぶべき戦争の本質をえぐり出す。

【著者からのメッセージ】
第二次世界大戦の帰趨を決したのは独ソ戦であるが、その規模の巨大さと筆紙につくしがたい惨禍ゆえに、日本人にはなかなか実感しにくい。たとえば一九四二年のドイツ軍夏季攻勢は、日本地図にあてはめれば、日本海の沖合から関東平野に至る空間に相当する広大な地域で実行された。また、独ソ戦全体での死者は、民間人も含めて数千万におよぶ。しかも、この数字には、戦死者のみならず、飢餓や虐待、ジェノサイドによって死に至った者のそれも含まれているのだ。そうした惨戦は、必ずしも狂気や不合理によって生じたものではない。人種差別、社会統合のためのフィクションであったはずのイデオロギーの暴走、占領地からの収奪に訴えてでも、より良い生活を維持したいという民衆の欲求……。さまざまな要因が複合し、史上空前の惨憺たる戦争を引き起こした。本書は、軍事的な展開の叙述に主眼を置きつつ、イデオロギー、経済、社会、ホロコーストとの関連からの説明にも多くのページを割いた。これが、独ソ戦という負の歴史を繰り返さぬための教訓を得る一助となれば、著者にとってはまたとない歓びである。

Categorised in: 社会・経済