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2019年4月26日

10669:必要医師数の問題、眼科医は本当に多過ぎるのか?

私の提言、苦言、放言
井上眼科病院名誉院長 若倉雅登

清澤のコメント:先日の眼科医の必要数という日本眼科学会でのシンポジウムにも共通な話題なのですが、医学界全体からではなく、眼科医の立場で今月(5月号)の眼科ケアに若倉先生がかかれたコラムです。「医療従事者の需給に関する検討会」の医師需給分科会において示された「診療科ごとの将来必要な医師数の見通しについて」強く反論されています。外来患者があふれている現状が医師の増多によって改善されるべき問題であるかどうかには議論の余地があるかもしれません。医療の現場が、前位の医師の貢献でかろうじて守られているということへの認識も重要です。医師の労働時間数があまりに長いことは今後改善されるべき問題です。眼科の外来は、フルタイムでは働いてはいないパートタイム医師に支えられている部分も看過できないでしょう。医師の増員にばかり頼らずに、医療スタッフへの分担で補われる部分もありそうです。日本では現在の保険医療の維持が種たる論点ですが、米国では眼科学会が同業者の数を自律的に決めるという仕組みでレジデントやフェローの定員を決めているかと思います。

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第155回 必要医師数の問題、眼科医は本当に多過ぎるのか?厚生労働省は2019年2月に開催された「医療従事者の需給に関する検討会」の医師需給分科会において「診療科ごとの将来必要な医師数の見通し(たたき台)について」の文書(以下、たたき台文書)を提示した。これによると、内科、外科、脳神経外科などは医師の増員が必要なのに対し、精神科、眼科、皮膚科、耳鼻咽喉科などは現在でも医師数は過剰で、2024年、2036年という将来にかけて、必要数は減少するという数値を示している。
眼科の現況に鑑みて、これはいかにも我々の実感とはかけ離れた意見である。
このデータは厚生労働省も暫定値、たたき台と断っているように、DPCデータを基に患者数を推定するなど、いくつかの仮定や前提がある。現在、国が発表する統計数字の信頼性が大きく揺らいではいるものの、政策の決定にはこうした数字が使われるのだから、実感との差を看過してよいものではない。DPCデータは大学病院などの急性期病院で導入され始めている「診断群分類別包括評価」のことである。眼科のように緑内障などの慢性疾患が多く、入院よりも外来主体の診療科で、急性疾患よりも日々の生活の質に密接し、長期にわたって医療管理すべき症例を多数扱う診療科の特徴にこのデータを用いるのが適
切なのか。根拠は薄いのではないか。
全国どこの限科でも外来患者はあふれ、待ち時間の問題が常在している現実に照らしても、また、大病院でも眼科を開鎖しなければならなくなったという話があちこちに転がっている現実をみても、眼科医が多すぎるとはとてもいえない。そもそも、医師の必要数を決めるのに、厚生労働省や医師だけで、しかも仮定や暫定の数値を上台に考えるのはおかしいと私はつねづね思っている。国民が医療に何を望激、どうあってほしいのかを聞くという民主的な視点がないからである。各診療科ごとに、患者がどれだけ、どのように満足、あるいは不満足なのかが土台になっていない机上の計算は、著しく片手落ちであると思う。
このたたき台文書に対して精神科が「同科の数値としては適切ではない」との異論をさっそく出したのはもっともなことである。
ところで、各診療科の平均労働時間の数字としてよく引用される2012年の労働政策研究・研修機構の調査を見ると、救急科は週54時間、眼科は下位の方で週45時間である。時間だけでみても下位の眼科でさえ理想とれる労働時間の週40時間を超えている.これで医師数が過剰というならば「もつと働け」といっているのと同じで、時代に逆行している。医師や医療スタッフの働き方の問題は、間違いなく将来の各診療科の医師数を考えるための重要な要素である(たたき台文書でも各診療科の医師の勤務時間を考慮したと記されているが、詳細は不明である)。
40年前には影も形もなかった「硝子体手術」が今や網膜疾患では必須の手術になり、それに伴い、限科医の働き方は大きく変わった。そういう想定できない劇的変化は医学の 歴史では珍しくなく、起こるのである。必要医師数の推定の前提に「現状の診療科と疾病
等の対応が将来とも維持される」という文言があるが、AI(人工知能)時代になればこの前提は容易に崩れ去るだろう。また、眼科なら看護師、視能訓練士といったコメディカルスタッフが眼科医療の将来設計の中で、どのような役割を担うかや、仕事量の分担もきめ細かく検討しなければ、真に必要な医師数はわからないだろう。さらに、眼科の場合は医療のみならず、視覚障害者やロービジョン者がどれだけ社会的に救済され、活躍できるかという福祉政策の将来の充実度とも関係が深い。日々の生活が充実すれば、病院を精神的よりどころとして通院してくる患者が減少し、医師や医療スタッフの必要数は減る。だが、今のところ、福祉予算を充実させる兆しは見えてこない 。つまり、国の福祉政策は現状維持か逆行する要素しかない。それであれば、ケアすべき患者も医師や医療スタッフの必要数も増大するのが道理である.このように医師過剰、とくに眼科医過剰という意見は我々の実感とはいかにもかけ離れている。偏りのあるたたき台で性急に議論するのでなく、国民視点で将来の各診療科の医療を見直すために、国が国民の実感を調査検討する方法はいくらでも考えられるはずである。

Categorised in: 社会・経済