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2019年4月16日

10640:リオリエント(ReOrient)をご存知ですか?

      

眼科医清澤のコメント:「金融緩和時代」の終焉、世界経済の大転換(榊原英資)の第3章に「加速するリオリエント現象」として紹介されているのがリオリエント(ReOrient)。ヨーロッパに覇権が回ったのは産業革命以後の高々200年。第二次世界大戦戦後のインドと中国の経済的発展で、世界経済の中心がヨーロッパからカザフスタン辺りまで東に戻って来ているそうです。

  ――――――

200年ぶりの「リオリエント(ReOrient)」とASPAの役割        

久保 孝雄 から一部抜粋

――――最近の研究成果(Andre.Frank『リオリエント』、Angus.Madison『経済統計で見る世界経済2000年史』など)によって世界の経済発展の歴史を検証してみると、有史以来1800年ごろまでの世界経済の中心は一貫してアジアにあったこと、19世紀以降、アジアが世界の中心からずり落ちたのは、産業革命によって巨大な生産力と軍事力を身につけたイギリスを先頭とする欧米列強によって、インド、中国、東南アジアが相次いで植民地、または半植民地化され、経済発展が阻害されて以来20世紀末までの、たかだか200年間であったことが明らかにされている。

 これらの研究によると、1800年ごろまでの世界のGDPの60-70%はインド、中国を中心とするアジアが占めており、ヨーロッパはすべての国のGDPを合計してもインド一国、中国一国のGDPにも及ばない世界の周辺地域にすぎなかった。しかし、18世紀後半、蒸気機関の発明を機にイギリスで産業革命が起こり、機械制工業の発達によって生産力が飛躍的に拡大し、経済力、軍事力を身につけたイギリスを先頭とする欧州諸国がアジアの植民地化を進めた結果、巨万の富が収奪され、経済は委縮し、世界GDPに占めるアジアのシェアも急速に縮小していった。

 とりわけ、第2次世界大戦終了後の1950年ごろは、国土が戦場になった中国、日本、欧州は戦争の打撃によって生産力が大きく低下した。戦場とならなかったアメリカだけが無傷のまま強大な生産力を擁し、アメリカ一国だけで西欧諸国の合計を上回り、中国の6倍、アジア全体の1.6倍という圧倒的な生産力を持つに至った。したがってこの時点では、4億6000万人の人口の西欧とアメリカが、世界GDPの55.6%を占めていたのに対し、人口14億人のアジア
は世界GDPの18.5%を占めるに過ぎなかった。この時期が、世界経済に占めるアジアの地位が史上最低、最悪に陥った時期だった。

 この1950年代をボトムに、戦後の東アジアの目覚ましい経済発展が始まったが、それはまず「東洋の奇跡」といわれた日本経済の高度成長から始まり、次いでNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ASEAN4(インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン)、中国、ベトナムの順で高い経済成長が連続してきた。この結果、日本はGDP世界第2位を占めるまでに成長したが、90年のバブル崩壊後、低成長時代に入っている。ASEANは80年代の「奇跡の成長」の後、97年に通貨・金融危機に見舞われたが、危機を克服する過程で、産業構造の高度化と域内の結束をより強化し、90年代後半にはASEAN10に拡大し、アジアと世界における存在感を一層高めている。中国は2000年までの20年間でGDPを4倍にしたが、深刻化する環境問題や所得格差問題などの困難を抱えながらも、さらに2020年までに4倍化を目ざし、日本とGDPアジア・ナンバーワンの地位を競うまでになっている。

(続く)

Categorised in: 社会・経済