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2019年4月3日

10606:流されゆく日々は,五木寛之氏の連載大コラムです

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流されゆく日々(Daily Chronicle)は、日刊ゲンダイに連載中の五木寛之氏による連載コラムです。その連載総数が4月4日号で10626回になっています。私も比較にはなりませんが、このブログの巻数が10600を超えて来て、私はこの所は一日に2報以上を記載していますので、間もなくその巻数が追い抜けるかと、胸を膨らませて居ります。10626は単純に365で割っても30年くらいになりますし、アマゾンで製本されたものを探すと、このコラム記事は相当古い時代(1975年頃)から延々続いているものの様です。

流されゆく日々の今日の話題は「令和について考える」。思えば昭和は「桜の時代」であったと言います。「見事散りましょ国のため」という流行り歌の方が、固苦しい軍歌よりもどれほど戦意高揚に効果が有ったか知れない。作者は、桜という花は咲くときも散るときも一斉に咲き一斉に散るところが、令和の梅とは違うと言います。「桜は集団、梅は個人」。戦後70余年で、そんな時代になったかもしれないと。また、令の字に何を連想するか?と。「令」は広辞苑によれば①命ずること②おきて、のり(法、則、典、範、矩)などと出ている、そうです。なるほどと思います。命令、政令、条令など個人の権利が制限される事態が最小であることを私も願うものです。

本日の日刊ゲンダイを見ると、明治、大正、昭和の各時代の初頭を務めた内閣はいずれも半年で倒れたというジンクスがあったそうです。さて、今回はどうなることか?次代の元号がひとの喪に服すことでなく始まることが出来るのは精神的にも社会経済的にも大変すばらしい事であると思います。

Categorised in: 社会・経済