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2018年5月18日

9863: 時代遅れな障害認定基準の壁(若倉雅登):記事紹介

目が開けられないのに…時代遅れな障害認定基準の壁

心療眼科医・若倉雅登のひとりごと2018510


神経眼科医清澤のコメント:ここでも患者を思う熱き心の若倉節全開です。「開瞼が出来ないが故に見ることができない。」確かにこのような例が存在します。しかし、その状況を正確かつ平等に判断することは容易ではありません。そのような病例が有り、身体障害者の指定を受けることが出来たという事は患者さん方にとっては確かな光明です。それを梃に今後認定が認められる症例も増えて行くことでしょう。熱き心を持った医師の存在は頼もしいものです。が、私は「確信がない場合」には、その診断書記載はご辞退したいと思います。


――記事引用開始――

 障害の認定基準は、視覚に障害を持つ人が生活の中で感じている不自由さを十分には反映していないという問題を私はいつも指摘してきました。根拠の一つは、東京都の視覚障害認定基準の留意事項にある次の文章です。


「開眼(筆者注;もとの文章はこうなっていますが開瞼が正式です)困難な場合の障害認定について、両眼または一眼眼瞼下垂等のため開眼が困難で、日常生活における視力が確保できないとしても、視覚障害として認定を行わないものとする」


これは医学的根拠に乏しく、過去の考え方を全く見直していない時代遅れな基準です(
脳障害で「 眩(まぶ) しい」「眼痛」…障害者と認定されない理由
)。


この文章が成立した過程は、よく分かりません。おそらく、中枢神経系の異常で生じる「眼瞼けいれん」という病態がよく理解されておらず、心因性や詐病だろうとして扱われていた時代に、「目が開かないのは故意に違いない」という偏見があって、そこから生まれたのではないかと思います。


しかも、この文章が、最近また視覚障害の認定却下の根拠として使われました。


突然の激痛、開かなくなった両目…脳からの信号が届かない


一昨年の11月、都内で一人暮らしをする60歳代女性が私の外来にやってきました。半年前に突然、両目に激痛が走り、目が全く開かなくなったといいます。救急車で病院に駆け込み、頭部のCT検査などをしましたが、「異常はない」として帰宅させられました。


ところが、その後も痛みは治まりませんでした。上下のまぶたやその周りが、「ぎゅー」と強く収縮し(専門用語で「れん縮」といいます)、物が見えない状態が続きました。眼科、心療内科、ペインクリニックなどを受診しましたが、原因はわからず、症状の改善はみられなかったということです。


彼女が私の外来に来た時、目を開けられず、視力検査ができませんでした。でも、診察上、眼球そのものに痛みの原因はないと判断できました。


また長年、向精神薬を使用していたというお話から、重い「薬剤性眼瞼けいれん」であることが判断できました。「目を開けたい」という意識は持っているのに、「開けなさい」という信号が脳から瞼に届かない「開瞼失行」という状態だったのです

 

障害申請を却下…あの認定基準が理由


彼女が最も困っていることは、ものが見えないことです。私たちが提唱している「眼球使用困難症候群」に相当します。


誰が見ても、失明している方とほぼ同じぐらい不自由であることは明らかです。体にも激しい痛みがあるので、通常の視覚障害者以上に辛い日常が続いているのです。


日本の法律では、いくら激痛が持続しても、それだけで身体障害者と認定する条項はありません。しかし、このケースは事実上の「視覚障害者」に違いないと言えます。私が「視覚障害認定に値する」との診断書・意見書を書いて、彼女が地元の区役所に申請しました。


でも結局、申請は通りませんでした。東京都が申請を却下した理由を示した文書には、「東京都社会福祉審議会に諮問したところ、冒頭の文書(都の視覚障害認定基準の留意事項)が存在するために非該当」とありました。


この審議会は、都が設置する第三者委員会です。委員は28人で、医師や、都議会議員や、公募による委員が名前を連ねています。基準に照らして「非該当」となったり、意見書に書かれた等級より低く判定されたりといった、申請者に不利益が生じる可能性があるケースはすべて、ここに評価を答申するそうです。 


目配りに欠ける福祉政策…第三者委員会の存在意義とは


障害者の認定は、各都道府県の業務です。各都道府県の基準は、身体障害者福祉法や国による関連通知を踏まえていますが、ある程度の裁量が許されています。私がウェブサイトで見た範囲では、東京都の視覚障害認定基準の留意事項による規定と同様の内容は、ほかでは確認できませんでした。


都の委員の皆さんが、申請者の状態をイメージさえできれば、「その生活実態は重い視覚障害者だと同等だ」と実感できるはずではないでしょうか。それでも、誰一人、この運用上の規定の文章に疑問をさしはさまなかったのでしょうか。「それぞれの申請について、今までの運用上の規定に当てはめて判断しているだけだとしたら、委員会の存在意義はいったい何なのだろうか」と思ってしまいます。


ちなみに、同じような開瞼困難で不自由があり、視覚障害者に認定された男性がいます。私が担当した患者さんです。彼によると、手帳を申請した県からはいったん却下されました。しかし不服の申し立てをしたところ、その県では前例がないとのことで、厚労省に照会した上で交付が決定されたそうです。


今回の女性は、体の慢性的な痛みが加わっている分、さらに重い障害だと思われます。そのような実態が考慮されない、目配りに欠ける福祉政策が東京都で行われているのではないか、と考えると、ため息が出てしまいました。


 —-記事引用終了—-

Categorised in: 社会・経済