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2017年3月20日

8693:地下鉄サリン22年に思う

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地下鉄サリン22年、遺族「あっという間」 駅で献花
2017年3月20日15時01分

 13人が死亡し、6千人以上が負傷したオウム真理教による地下鉄サリン事件から、20日で22年となった。大きな被害が出た東京メトロの6駅の事務室には献花台が設けられた。職員2人が亡くなった霞ケ関駅(東京都千代田区)では、発生時刻に近い午前8時に駅員21人が黙禱(もくとう)をささげ、犠牲者を追悼した。
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清澤のコメント:人生には後で思うとあんなことがあったという日が幾度かあります。ニューヨークの航空機テロ、東日本大震災、そして地下鉄サリン事件もその一つです。
 あれは東京に出てまだ2年ほど。東京にもまだ慣れない晴れた月曜日の朝でした。朝の術後患者の病棟回診をして、東京医科歯科大学を9時過ぎに出、丸ノ内線で銀座の小松診療所に向かいました。丸ノ内線には遅れもなく、銀座駅に着きましたが、日比谷線のホームでガス漏れ事故のためホームへの進入を止めているというアナウンスがあったのです。地上に出てみると青空には多数のヘリコプターが飛び交っていて、ただならぬ気配。
 10時に診療を始めると、すぐに何人もの日比谷線で通勤し、築地駅で被災したサラリーマンが「暗い」といってやってきました。7両目とか言ってました。中には呼吸困難を訴える人も。瞳孔が極端に小さく、有機リン中毒の症状。松本サリン事件がすでに知られていましたが、うっかりしたことは口にできないとサリンという言葉は封印しました。警官が来て同時多発事件であると、伝えられました。大学に電話してタクシーに乗り合わせて医科歯科大学眼科に行くように指示しました。そうこうするうちに、ニュースがサリンという言葉を使い始めました。医科歯科大に収容された人の大半は、丸ノ内線茗荷谷駅での被害者でした。私より後の電車だったようです。記憶は年々薄れて行きます。
 銀座界隈では、聖路加国際病院が重症のサリン中毒患者を多数受け入れたそうです。

下記は日赤病院が報告したこの時のサリン被害者の記録です。痛みに着目していて症状が3から21日で消退したとしています。ミドリンP(トロピックアミド)が効いたそうです。臨床医はこのような事件に出会ったらこのように記録を残しておくべきでしょう。

Am J Ophthalmol. 1996 Feb;121(2):209-10.
Ocular signs and symptoms caused by exposure to sarin gas.
Kato T1, Hamanaka T.
Purpose: Ocular signs and symptoms that occurred in people exposed to sarin gas in a subway sarin gas attack were studied.
CONCLUSIONS: Ocular signs and symptoms spontaneously resolved between three and 21 days after exposure in most cases. Treatment with 0.5% tropicamide ophthalmic solution was effective in decreasing ocular pain.

Categorised in: 社会・経済