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2016年5月5日

7718:今なお残る南北ベトナムの深い「溝」:だそうです

7718:今なお残る南北ベトナムの深い「溝」:だそうです

お休みで、ネットサーフしているといくつかの面白い記事に出会うことができます。南北のベトナムの間には今も溝があるというこの記事もその一つです。
  --要点は--
今なお残る南北ベトナムの深い「溝」(http://www.nikkei.com/article/DGXMZO00208960Y6A420C1000000/)
オリザベトナムCEO 中安昭人 2016/5/5 6:30

 ベトナム北部の首都・ハノイと、南部の最大都市ホーチミン(旧名サイゴン)。2つの都市の間に横たわる深い溝は、ベトナムで生活しビジネスするうえで、もっとも戸惑うことの一つだろう。ーーハノイとホーチミンは「別の国と考えたほうがいい」といわれるほどだ。やっかいなことに、両者は決して仲が良くない。

■「性格がぜんぜん違う」から給与制度も違う

 ーーある日系企業は、南と北で給与システムを変えている。社長によると「ハノイとホーチミンで基本給と出来高の割合をちょうど逆にしています」と明かした。ハノイは給与に占める基本給の割合が3割で、ホーチミンは7割という。理由は「ハノイ人とサイゴン人では性格が全然違うから」ということだ。

 ーーベトナムの場合はVTV(ベトナムテレビ)のアナウンサーは北部言葉、HTV(ホーチミンテレビ)は南部言葉を話す。そんな状況を見ると、たしかに「標準語が2つある」と言ったほうが正しいように思えてくる。

 ーー55年に南にベトナム共和国が成立した。それから約20年間、北のベトナム民主共和国は共産主義体制、南のベトナム共和国は資本主義体制の国として、別々の道を歩んだ。再び1つの国になったのは、ベトナム戦争が終結した翌年の76年である。

 ーー「南北に分断されていた国が1つに統一されて良かった」というのは、ベトナムを巡る最も大きな誤解の1つだろう。特に、ホーチミンに住む私の周囲にいる南のベトナム人で、南北統一を肯定的に評価する人は、皆無に等しい。そもそも彼らは「統一」とは言わず、「75年4月30日、我々は戦争に負けて国が滅んだのだ」という人のほうが圧倒的に多い。

 ーーあるベトナム人から「1954年組と1975年組」という言葉を教わった。54年組は南北が分裂したときに共産主義政権を嫌って南ベトナムに移住した北部の人たちで、75年組は、統一後にホーチミンに移住した北部の人たちのことだ。75年組の中には北ベトナム政府が南部の金持ちから接収した家や屋敷をもらい受けた人もいる。

 ーーベトナムで事業をする際は、2つの都市の関係をしっかりと理解しておかなければならない。

清澤のコメント:米国はベトナム戦争に敗れてベトナムから去ったが、全ベトナムが共産化したという事ではなさそうだ。これからは更にどうなってゆくのだろうか?

追記: ちなみに、この2月、グエン・タン・ズン首相(66)は「失脚」した。41年前まで「北」と「南」に分かれて泥沼の戦争を繰り広げたベトナムは、いまだに分裂の後遺症が残っている。ズン氏は環太平洋経済連携協定(TPP)参加や外資規制の緩和など経済改革を推進し、経済を重視する南部出身者。

Categorised in: 社会・経済