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2013年9月7日

4692 日本兵を殺した父: ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち

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日本兵を殺した父: ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち [単行本]

終戦記念日の頃、書店でこの本を見つけて買い、今週になってようやくほぼ読み終りました。沖縄戦は沖縄の人々ばかりではなく、勝者であったはずの米国海兵隊員にも深い心の傷を残していたという話です。著者は私たちと同じ戦後に生まれた世代で、父の日常的な怒りの発作におびえて育ちました。その原因が、一体なんだったのかと言う問いに対する答えを探して行くのです。日本の少年兵を目前で射殺したという単一の経験ではなく、多くの複合的な恐怖とそれに対する反応がその原因であったと言いたい様です。
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内容紹介 第二次大戦時に米国軍海兵隊員だった父は、死の間際に「自分は沖縄戦に加わり、日本兵を殺した」と告白した。作者は父と同じ部隊にいた元兵士たちを訪ねてインタビューし、沖縄へ飛び、戦争の凄惨な実像に迫っていく。

単行本: 373ページ、 原書房 、発売日: 2013/6/24 アマゾンのおすすめ度: 5つ星のうち 5.0

(⇒少し長いですが、この本の内容を描いたNHKの番組のビデオです。ご覧ください)

沖縄戦と言うと、優位な米軍が劣勢な日本兵や民間人を虐殺したというイメージでばかりとらえて来た気がしますが、同じ戦場に投げ込まれた米兵もまた戦場では平常の判断力を失っており、戦後も長く自分が体験したことや戦場の恐怖からのPTSDに苦しめられていたという話です。

この作品を書く前に既にピュリツァー賞作家であったこの本の著者の父親は、夜中に夢を見て泣き叫んだり、僅かな物音で怒りだしたりと言うPTSDの症状を示していたということです。それがいったいなんであったのかを著者はひも解いてゆきます。

沖縄中部の読谷村に上陸した米軍は、北部と南部に分かれて島を征服してゆきますが、南部に主力を置いた日本軍は、住民をも巻き込んだ激烈な抵抗戦を展開します。

投稿してくる民間人でも、爆弾をを隠しているかもしれないという非常に強いストレスにさらされて、米兵は多くの市民や少年兵を殺戮してしまいます。戦後長い日々が過ぎても米国の海兵隊員はその夢にうなされているということです。著者の父が属していた海兵隊のラブL中隊は当初240人の兵力を要していたが、先頭終了時に戦線から外されるほどの怪我もせず、戦死もせずにに生き残っていたのはそのうちの僅か35人にすぎなかったとい数字は日本軍の抵抗も強力であったということなのでしょう。

日本軍が戦陣訓で「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」と教えていたことは伝えられていますが、この本を読むと、日本軍もまた米軍も、捕虜を取らないと言う暗黙の指示のもとで戦争をしていたようです。

PTSD:wikipediaより
心的外傷後ストレス障害(しんてきがいしょうごストレスしょうがい、Posttraumatic stress disorder:PTSD)は、危うく死ぬまたは重症を負うような出来事の後に起こる、心に加えられた衝撃的な傷が元となる、様々なストレス障害を引き起こす疾患のことである。

心の傷は、心的外傷またはトラウマ(本来は単に「外傷」の意で、日本でも救命や外傷外科ではその意味で使われ、特に致命的外傷の意味で使われることが多いが、一般には心的外傷として使用される場合がほとんどである)と呼ばれる。トラウマには事故・災害時の急性トラウマと、児童虐待など繰り返し加害される慢性の心理的外傷がある。

心的外傷後ストレス障害は、地震、洪水、火事のような災害、または事故、戦争といった人災。いじめ、テロ、監禁、虐待、強姦、体罰などの犯罪、つまり、生命が脅かされたり、人としての尊厳が損なわれるような多様な原因によって生じうる。など。多種多様な日常の問題に原因があったりもする。

Categorised in: 社会・経済