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2013年1月20日

3989 「巨人、大鵬、卵焼き」の大横綱大鵬が逝去

江東区清澄白河の話題。日本の話題でもあるのですけれど、昭和を代表する大横綱大鵬が逝きました。

「巨人、大鵬、卵焼き」名フレーズの始まりは…作家の堺屋太一さんが通産省に勤務していた1960年代前半、新聞記者らに「日本の高度成長が国民に支持されるのは、子供が巨人、大鵬、卵焼きを好きなのと一緒だ」と答えたのが、先の名フレーズの始まりだったということです。

そこで、wikipediaで卵焼きとは?
「卵焼き、玉子焼き(たまごやき)は、溶いた鶏卵を調理器具で焼きながら巻いて筒状にした日本料理(和食)。弁当の定番の惣菜であり、家庭料理の一つで日本独特の調理法である。「厚焼き卵」とも呼ばれる。鶏卵を軽く混ぜ、玉子焼き器などを利用して巻きながら作る料理である。江戸時代から寿司ダネとしても扱われ、アナゴやキノコ類を入れたものなども築地魚市場の業者などから日本全国に向けて販売されている。外観はだし巻き卵と類似しているが別の料理であり、砂糖を多用した甘いもの、軽い塩味のものなどが一般的である。

味付けには醤油、出汁、砂糖やみりんの他、ナンプラー、めんつゆなどが用いられる。応用料理にはほうれん草やニンジン、明太子や桜海老、しらす干しを入れたもの、ウナギを入れて巻く「う巻き」など多様なものがある。」とのこと

ところで、1971年(昭和46年)5月場所限りで引退した二所ノ関部屋(大関・佐賀ノ花)の元横綱・大鵬が1969年(昭和44年)9月に贈られていた一代年寄・大鵬を襲名して、1971年12月に巨砲、嗣子鵬ら数名の内弟子を連れて二所ノ関部屋から分家独立して大鵬部屋(たいほうべや)を創設したそうです。部屋の正面玄関には縦看板の「大嶽部屋」、横看板の「大鵬道場」の2枚の看板が掲げられているとのこと。

大鵬部屋を引き継いだ大嶽部屋の所在地は東京都江東区清澄二丁目8-3、都営地下鉄大江戸線、東京メトロ半蔵門線清澄白河駅徒歩3分だそうです。彼の出身地は樺太だったそうです。昨日は、大鵬を育てた二所ノ関部屋廃絶の記事も出ていました。

ーーーニュース引用ですーーー
 昭和を代表する大横綱が逝った。元大鵬の納谷幸喜なやこうきさんが19日、72歳で亡くなった。

 「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉に象徴される高度経済成長時代の主役の一人。その活躍に熱い声援を送った人たちからは、「一つの時代が終わった」などと別れを惜しむ声が上がった。

 「まさに昭和は遠くなりにけり、という感じだ」

 大横綱の死去をこう惜しむのは、作家の堺屋太一さん(77)。堺屋さんによると、通産省に勤務していた1960年代前半、新聞記者らに「日本の高度成長が国民に支持されるのは、子供が巨人、大鵬、卵焼きを好きなのと一緒だ」と答えたのが、名フレーズの始まりだったという。

 弁当のおかずで卵焼きが定番だった時代。娯楽の代表格は野球と相撲だった。大鵬の名を挙げたのは、文句なしに強く、子供たちに愛された名横綱だったからだった。

 元NHK大相撲放送アナウンサーで相撲評論家の杉山邦博さん(82)は「戦後の荒廃の時代が終わりを告げ、右肩上がりにぐいぐい進んでいく高度経済成長時代の到来を象徴する、特筆すべき力士だった」と振り返る。努力と猛げいこで32回もの優勝を積み上げた姿が、日本人に未来を信じて前に進む勇気を与えたのだという。相撲を見続けてきた杉山さんは「相撲界最大にして最高の宝物を失った」と残念がった。

(2013年1月20日15時17分 読売新聞)

Categorised in: 社会・経済