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2013年1月6日

3954 ミャンマーにおけるロヒンギャ迫害問題とは?

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インドにおける婦女暴行事件のニュースを解読してゆくと、インドにおけるカースト制度もこの問題には微妙に関連していることが推測されました。そして、場所は違うのですが話を広げると、ミャンマーにおけるロヒンギャと呼ばれる人々に対する迫害も同様に問題となっています。このロヒンギャ問題とはどんなものなのでしょうか?

まず、「ロヒンギャへの迫害訴え世界各地で抗議行動――在日ビルマ大使館は拒絶か」というニュースが2012 年 12 月 11 日に出ています。

この記事によると、「ビルマ(ミャンマー)におけるイスラム系少数民族・ロヒンギャに対する差別、迫害問題は今後ビルマの民主化に大きな影を落とすことになるだろうとされています。

 ビルマ西部のラカイン州でイスラム教徒が今年六月、仏教徒の女性を暴行の上、殺害したとして、仏教徒によるロヒンギャへの大規模な迫害・衝突が始まった。衝突は10月21日から激しさを増し、多数の死傷者と避難民が発生。多くのロヒンギャが住居を焼かれている。ビルマ政府はロヒンギャへの迫害を事実上無視し、放置してきた。
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ウィキペディアを見ますとロヒンギャというのは、ミャンマーとバングラデッシュにまたがって居住するイスラム系のひとびとですが、そもそもロヒンギャは民族なのか?という話があります。

ロヒンギャは、ミャンマーにおいては多数派である仏教徒のビルマ族から弾圧され、バングラデシュにおいても不法滞在者として冷遇されているため、周辺諸国への難民化が顕著です。なお、ロヒンギャは民族グループなのか、宗教団体なのか、政治結社であるのかのいずれであるのもはっきりしてはいません。

ロヒンギャの居住地域は、ミャンマー連邦共和国西部にあるラカイン州と、バングラデシュ東部にあるチッタゴン管区国境一帯にあります。かつて、ロヒンギャは現在のバングラデシュにあたる地域に住んでいましたが、ミャンマー西部に存在したアラカン王国に従者や傭兵として雇われたり、また商人としてもとビルマの間を頻繁に往来していたため、その後ビルマ国境に定住したイスラム教徒がロヒンギャの祖先とされます。

バングラデシュへ難民化したり、ミャンマーへ再帰還したりしたため、現在では居住地域が両国に跨っています。ロヒンギャにとって宗教は大切なものであり、イスラム教が主流です。ある歴史家からは、「いかなる資料からも1950年代以前にこの語を見出すことはできない。」チされます。主に農業で生計を営みますが、商人としての交易活動も盛んだそうです。

ミャンマーにおけるロヒンギャの人口規模は70万~120万人と推計されます。チッタゴンから移住したイスラム教徒がロヒンギャであるとの学説がありますが、英領インドから英領ビルマへ移住したムスリムには下記のように4つの種族が存在しており、実際には他の3部族と複雑に混じり合っているためその弁別は困難だそうです。
1) チッタゴンからの移住者で、特に英領植民地になって以後に流入した人々。2) ミャウー朝時代(1430-1784年)の従者の末裔。3)「カマン(Kammaan)」と呼ばれた傭兵の末裔。4) 1784年のビルマ併合後、強制移住させられた人々。

日本軍の進軍によって英領行政が破綻すると、失地回復したアラカン人はミャンマー軍に協力し、ロヒンギャの迫害と追放を開始しました。1982年の市民権法でロヒンギャは正式に非国民であるとし、国籍が剥奪されました。1988年、ロヒンギャがアウンサンスーチー氏らの民主化運動を支持したため、軍事政権はアラカン州(現ラカイン州)のマユ国境地帯に軍隊を派遣し、財産は差し押さえ、インフラ建設の強制労働に従事させるなど、ロヒンギャに対して強烈な弾圧を行いました。ネウィン政権下では「ナーガミン作戦」が決行され、約30万人のロヒンギャが難民としてバングラデシュ領に亡命しましたが、国際的な救援活動が届かず1万人ものロヒンギャが死亡したとされます。結果、1991年~1992年と1996年~1997年の二度、大規模な数のロヒンギャが再び国境を超えてバングラデシュへ流出して難民化しましたが、同国政府はこれを歓迎せず、UNHCRの仲介事業によってミャンマーに再帰還させられているとのことです。

現在も、ラカイン州では仏教徒であるアラカン人とイスラム教徒であるロヒンギャの間で死者の出る衝突が頻発していますが、次代を期待されるアウンサンスーチー女史はこの問題についての解答を留保しているため、ロヒンギャ側は不満を露わにしているとのことです。
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清澤のコメント:
ロヒンギャへの迫害には第二次大戦における日本の侵攻(インパール作戦)もその開始には関連があり、現在はミャンマーもバングラデッシュも自国民とは認めていないという所から悲劇が起きているようです。
タイを含め周辺国は、国外に流出したロヒンギャを政治的な難民ではなく、経済難民として認識しているので、その受け入れを拒んでいるそうです。

Categorised in: 社会・経済