お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2020年2月1日

11473:レム睡眠中の記憶忘却を誘導する視床下部MCH神経;論文紹介

清澤のコメント:日本神経科学学会HPから、 「視床下部のメラニン凝集ホルモン産生神経細胞(MCH神経;注1)がレム睡眠(注2)中に活動することで記憶忘却をもたらしている」ことが明らかになったそうです。記憶形成に関するコンセプトが一歩進んだという事でしょうか?

----

【神経科学トピックス】
レム睡眠中の記憶忘却を誘導する視床下部MCH神経

名古屋大学環境医学研究所
博士課程大学院生伊澤俊太郎 睡眠は記憶の「固定」だけではなく、不必要な記憶の「忘却」にも働きます。しかし、睡眠中に忘却を引き起こす神経回路はこれまでほとんど見つかっていませんでした。本研究は、視床下部のメラニン凝集ホルモン産生神経細胞(MCH神経)がレム睡眠中に活動することで記憶忘却をもたらしていることを明らかにしました。

 睡眠には不必要な記憶を消去し記憶を整理する「記憶忘却」の働きがあると考えられていますが、その神経メカニズムはほとんど解明されていません。また、脳が活動レベルを低下させる「ノンレム睡眠」に対し、脳が活発に活動する「レム睡眠」は、ノンレム睡眠の後に現れるため、生理的役割や記憶に及ぼす影響はよく分かっていませんでした。
記憶の中枢である海馬に軸索を伸ばす神経細胞を標識するために、軸索末端から細胞体へ輸送される逆行性ビーズを海馬に微量注入したところ、睡眠覚醒の中枢である視床下部の神経細胞の一定数が標識され、その大半がMCH神経であることが分かりました。MCH神経はレム睡眠の制御に関わることが近年報告されています。
 そこで、海馬が関与する記憶へのMCH神経の働きを検証したところ、MCH神経を一過性に活性化することで物体の認知記憶や恐怖と空間を結びつける記憶の成績が低下することが分かりました。活性化とは反対にMCH神経の活動を抑制した場合には記憶成績は向上しました。これらの所見は、MCH神経活動による記憶忘却を示す結果です。
 次に、MCH神経が普段、いつ活動しているのかを検証しました。GCaMP(注)というカルシウムインジケータを用いることで、神経細胞の活動を光の強さの変化として捉えることができます。MCH神経の集団が発する蛍光を記録したところ、MCH神経はレム睡眠中に最も活発になる一方で、覚醒中にも弱い活動が見られることが分かりました。そこで超小型の顕微鏡をマウス頭上に取り付け一つ一つのMCH神経活動を区別して記録したところ、「覚醒中に活動する」細胞と「レム睡眠中に活動する」細胞の2種類の異なる集団に分かれている様子が観察されました。このことから、同じMCH神経であっても活動時期の異なる別々の神経細胞集団が存在していることが示唆されます。
 最後に、「覚醒中に活動する」細胞と「レム睡眠中に活動する」細胞のどちらのMCH神経が記憶忘却に働くのかを検証しました。脳波/筋電記録による睡眠状態のリアルタイム判定と光遺伝学を組み合わせることで、特定の睡眠状態中にのみMCH神経活動を抑制しました。光遺伝学とは、光感受性タンパク質を遺伝学的に特定の細胞に発現させ、光を照射することでその細胞の活動をコントロールする手法です。例えば、「レム睡眠中にのみMCH神経活動を抑制させる」ように組んだプログラムでは、レム睡眠に特徴的な脳波が記録されるとマウスがレム睡眠に入ったと判定され、装置が自動的に光を照射します。レム睡眠中は光照射が継続し、MCH神経は抑制性の光受容体(アーキロドプシンT)を介して活動が抑制されます。しかし、マウスが起きて筋電計が反応すると光照射がストップし抑制が止まります。同様のやり方で覚醒中、ノンレム睡眠中にもMCH神経活動を特異的に抑制しました。このような操作を物体認知記憶を覚えてから記憶テストされるまでの間の記憶保持の時間に行った結果、覚醒中とノンレム睡眠中のMCH神経抑制は記憶成績に影響せず、レム睡眠中のMCH神経抑制のみが記憶成績を向上させました。すなわち、覚醒中に活動するMCH神経は記憶に影響を与えず、レム睡眠時に活動するMCH神経のみが記憶忘却の働きを持つことが新たに明らかになりました
 本研究は、MCH神経による記憶忘却というレム睡眠中の記憶制御の未知の側面を明らかにしました。今後は、これまでに報告のない新たな神経回路を数多く解明することにより、レム睡眠と記憶との関係性の全体像が明らかになることを期待しています。

REM sleep–active MCH neurons are involved in forgetting hippocampus-dependent memories
Shuntaro Izawa, Srikanta Chowdhury, Toh Miyazaki, Yasutaka Mukai, Daisuke Ono, Ryo Inoue, Yu Ohmura, Hiroyuki Mizoguchi, Kazuhiro Kimura, Mitsuhiro Yoshioka, Akira Terao, Thomas S. Kilduff, Akihiro Yamanaka,
Science, 365:1308-1313, 2019

注1)メラニン凝集ホルモン産生神経(MCH神経)メラニン凝集ホルモン(MCH)ペプチドを産生する神経。魚から発見され、皮膚のメラニン胞を凝集させて色白にさせることから命名された。ほ乳類にもよく保存されており、視床下部に存在する少数の神経細胞がMCHを産生し、脳全体に軸索を投射する。摂食行動亢進に関与するとされてきたが、近年睡眠覚醒調節にも関与していることが報告されている。

注2)レム睡眠急速眼球運動(REM)を伴う睡眠であり、ノンレム睡眠の後に現れる。脳の活動は高くなっており鮮明な夢を見ているとされているが、完全に随意筋が脱力しているため、夢の内容に従って身体が動くことはない。レム睡眠中は呼吸数や心拍数が乱れる。脳波ではシータ波成分(4-7Hz)が多くなる。逆説睡眠とも呼ばれる。一方、ノンレム睡眠は、眠ると最初に現れる睡眠。脳の活動は低下しており、呼吸数や心拍数も低下して安定する。脳波ではデルタ波成分(1-3Hz)が多くなる。徐波睡眠とも呼ばれる。

注3:GCaMP(ジ―キャンプ)は、埼玉大学の中井淳一教授が発明した GFP を改造した人工蛋白質 。GCaMP にカルシウムが結合すると、蛍光強度が増加する。

Categorised in: 神経眼科