お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2019年5月23日

10743:進行性視神経萎縮の顛末:若倉雅登、記事紹介

今月の「眼科ケア」に掲載された若倉先生の記事です。若倉先生の患者さんの治療に対する熱意が伝わって来る一文です。血管の圧迫で視神経が進行性の萎縮を来すという例は寡聞にして知りませんでした。思い返してみますと、その昔視交叉くも膜炎という診断名が昭和40年頃には有りました。視交叉を取り囲む蜘蛛膜に炎症が有って視神経萎縮が進むという概念でした。視交叉くも膜炎という事になれば、視交叉部分を手術で開放するという手術が行われていました。その全例が回復したという事ではなかったと思います。当時レーベル病とこの視交叉くも膜炎の異同が神戸大井街譲教授と東北大教育学部桑島治三郎教授の間で、盛んに論じられていました。その後、レーベル病はミトコンドリア遺伝子の(11778番など特定の塩基配列の)異常による代謝異常と決まりました。そして視交叉くも膜炎という病名はいつの間にか聞かなくなりました。顛末と伺いますと、何らかの答えが出たのかと期待してページを読みましたが、明確な答えは未だに見つからなかったようです。

ーーーーー第156回 井上眼科病院名誉院長 若倉 雅登ーー引用開始ー

30歳代後半の青森県の男性のKさんがこれまでの検査資料を大量に持参して、私の外来を初診したのは2015年の春だった。21歳のときに左眼の視力低下に気付き、左視神経萎縮の診断を受けている。いろいろ検査をしたが原因不明のまま、最終的には左眼は光覚がなくなった。右眼には異常がなく、パートの仕事はできていたそうだ。ところが、初診の一年半前から今度は右眼の見え方に異変を感じ、久しぶりに眼科を受診したところ、緑内障治療薬が処方された。しかし、左眼も緑内障が原因で失明したのかと担当医に聞いても、首をかしげるので、大学病院を含む複数の医療機関で再度、診断を受けた。どの医師も緑内障にしては進行が早過ぎると口をそろえ、頭部MRIも正常だった。もちろん、遺伝性視神経症も否定されている。初診時の右眼の矯正視力は0.7で、左眼は光覚なしであった。結局、私の結論もやはり原因不明の視神経萎縮であった。その後も進行は止まらず、患者にとっても医者にとっても憂鬱極まる症例で、私は2016年、『ヨミドクター』の連載コラムに「今日の医学の限界を示す事例だ」と書いた(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20161101-OYTET50032/)。この症例にそっくりな進行の早い両眼性視神経萎縮の症例を何例か経験している。両眼性だが、例示した症例のように、左右差が著しいものや、発症時期に差がある例もある。仕方なく緑内障の仲間に入れて経過をみているが、医師も、患者本人も診断は違うだろうと思っている。

前述の連載コラムが掲載されて半年ほど経ってからまたKさんが来院した。視力低下はさらに進行し、0.1になっていた。彼は開口一番、「先生、僕のことをヨミドクターに書いたでしょう」と言った。私も、「書いたよ。私も答えがわからなくて困っている。あそこに書いたのは本音ですよ」と応じた。「それで、反響はありましたか?何か新しい治療はないのですか?」

いつもの必死の表情である。ここ数年は北から南まで、全国の神経眼科医をくまなく渡り歩き、旅費も診療費もずいぶんかかっているのではなかろうか。私はここで、新しい話ではないが、1995年に脳神経外科の西岡達也医師が、医学雑誌の『ランセット』に頭蓋内視神経から視交叉にかけての部位で、周辺の動脈(前大脳動脈、内頸動脈など)が視神経組織を圧迫し、両眼性の進行性の視力低下を生じさせる可能性を指摘した論文を発表したことを思い出したと話した。この論文では、圧迫を軽減させることで改善させたケースを示したが、その後、西岡医師に聞くと、必ずしも成功例ばかりではないということだった。私も実際、何例かを西岡医師に紹介したが、明らかな改善例は一例で、あとは不変か、悪化であった。不変であっても、その後の進行が止まれば、患者にとっては大きな福音ではある。Kさんにその先生を受診してみるかどうかを尋ねたところ、行きたいということで情報提供書を書いた。

西岡医師のところで視神経、視交叉周囲のMRIを微細に撮り、解析した結果、両眼とも血管に挟まれて圧迫を受けていることが指摘された。私はこのメカニズムは確かにあると思っている。ほかの脳神経への神経血管圧迫症候群は知られているのに、最も太い視神経だけはないということはあり得ないからだ。西岡医師からの返信には、残存視機能がすでに低く、手術による悪化や失明の可能性も排除できないから、積極的に手術は勧められないとのニュアンスがあつた。Kさんも悪化の可能性を聞いて、手術に同意しなかった。

それから二年後、再度、私の外来を受診したが、右眼はすでに手動弁であった。残念ながら、彼の話はなおも「ほかの病気の可能性はないか」「ほかの治療法はないのか」という質問ばかりだった。現代の医学はあなたの状態を改善させる手段は持たない。酷だけれども、「不可逆的な視覚障害者になった」という引導を渡すのが、今残された私の仕事だと思う。時間がかかつてもそれを受容し、次の人生を切り拓いてほしいと話した。つらい引導であった。

     --引用終了---

この記事に共感されました眼科医療施設の職員各位に置かれましては、どうか月間雑誌「眼科ケア」を院長先生におねだりして医院で購入して戴いてください。

視交叉くも膜炎:( optochiasmatic arachnoiditis  ) 視交叉性くも膜炎は、視神経および視交叉の領域におけるくも膜の異常な肥厚として定義される。 このプロセスは、しばしば隣接する構造、特に両方の第三神経の出口領域にまで及んでおり、橋の尾側部分に達することがあり、その場合には、基底部くも膜炎という用語がより適切である。 より古い文献では、同じ状態が慢性脳底髄膜炎の名前の下に行き着く。

レーベル病:  細胞のなかでエネルギー産生を行う、ミトコンドリアという器官の遺伝子の異常により、網膜の一部の細胞が選択的に障害される病気です。 男性に多い疾患で、10〜30歳代に発症の大きなピークがあり、40歳代前後にもう一つのピークがあります。

Categorised in: 神経眼科