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2021年4月30日

12826:全治何カ月かわからない頭頸部外傷 私の提言、苦言、放言 (若倉正登)

清澤のコメント:2日続けて若倉先生の眼科ケアに掲載された「私の提言、苦言、放言」からの記事採録です。若倉先輩は、外傷に対して簡単に全治何か月ということを診断することは困難であるといっていて、尤もだと思います。キーになる単語の解説をつけておきました。若倉先生は別の日の取り組みを取り上げていますが、この記事執筆後に響龍が首から落ちて死亡することになった取り組みの動画も採録しておきます。よくこの問題に気付いた若倉先輩の「先見の明」には驚きました。

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井上眼科病院名誉院長 若倉登人

 大相撲初場所10日目の出来事。幕下湘南乃海対朝玉勢野一番で、立ち合い互いに頭でぶつかり、倒れた湘南乃海は脳震盪の症状で一時立ち上がれず取り直しとなった。メディアはここで取り直しをさせた審判団に対し、頭部外傷の専門家の指摘する「セカンドインパクト症候群」などの例を挙げ、脳震盪への認識が甘過ぎるという見解を述べた。

 元SMAPのメンバーでオートレーサーの森且行(46歳)が1月24日に行われたレースで落車事故に見舞われ、骨盤骨折の重傷を負った。全治は不明。

 新型コロナウイルス感染のニュースに隠れてあまり目立っていないが、前述はいずれも2021年1月のニュースである。私は以前から、外傷に対する医師や日本社会の姿勢に疑問を持っている。外傷そのものによる直接の構造破損や生死に関わることには、当然誰もが関心を寄せる。一方、外傷、ことに頭頸部外傷では時間が経過してから顕在化してくる晩発症状があることは臨床的に少なからず経験するが、これらは外傷による直接的破損や形態学的変化を証明できないので「心因性」「機能性」などとして軽視されがちである。しかし、その症状は生死に無関係でも、当事者にとっては日々の社会生活に大きな影響を与えるほどの苦痛、不都合である場合が少なくない。

 事故や外傷においてはいつも生死に関わるか、全治何カ月かということが最大の関心事となり、ニュースでも「全治何カ月の重傷」とか「命に別状はない」といった紋切り型の用語が使われる。我々もその言葉で安堵したり、心配したりするのである。だがそれは一般人としての反応であって、医療者はそこで思考停止してはならないのではないか。

 たとえば、冒頭の相撲の取り組みで生じた事案は、明らかに頭頸部外傷に属するものであり、その時点で命に別状がなくても、後遺症や遅発症状が起こる可能性を即座に連想しなければいけない。古くからグラスゴー・コーマ・スケールが頭部外傷の重症度を表す指標として国際的に用いられているが、これはあくまで急性期の状態を評価するものである。後遺症や遅発症状の有無や程度とこのスケールとは必ずしも相関しない。

 前述の落車事故による骨盤骨折で、「全治不明」とあるところにも注目されたい。私はそう判定した医師に尊敬の念を持つ。なぜなら、確認できる外傷は「骨盤骨折」であるがレース中の落車事故であるから頭部を含む全身打撲をしているかもしれない。今後、初診では見えなかった損傷部位が見つかるかもしれないし、頭部や内臓を含めて打撲による症状が後から出てくるかもしれないことを、身をもってご存じだからである。

 私も大学時代は夜間や休日などの当直をし、外傷患者を診ることがあった。患者を連れてきた救急隊員や警察は、医師がひととおり診察して当面命に別条がないのを知ると「全治どのくらいですか」と必ず医師に尋ねる。それが、たいへん困るのである。誰が作った用語か知らないが、そもそも「全治」とはなんぞや、ということである。厳しい後遺症が残るかもしれない、あとからいかなる症状が顕在化するかわからないのに、当然医師ならわかるだろうと性急に答えを求めるのである。若いときには、回答するのがルールなのだろうと思って、適当に回答をしていたと思うが、今思えば汗顔の至りだ。「全治不明」が、ほぼつねに正解なのだから。

 外傷を契機として視覚症状が出現したとして来院する患者で、神経眼科領域でしばしば遭遇するのは、眼球自体に損傷はないが、さまざまな視覚系の症状が頭頸部外傷の後遺症や遅発性症状を有する例である。患者は霧視(眼鏡が合わなくなったといった愁訴のこともある)、複視、羞明、眼痛、眼不快感など、一般眼科では眼不定愁訴として軽く、または面倒な症状として扱かわれがちである。しかし、これらは視覚関連高次脳機能障害によるのかもしれないことに、思いを致してほしい。そういう観点で全国の症例を収集した成果を、まもなく『神経眼科』誌に発表するので、いずれその話題も提供したい。

わかくら・まさと

専門は神経眼科・心療眼科。北里大学助教授なとを経て02年井上眼科病院院長

102(510)眼科ケア 2021Vol.23No.5

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清澤のつけた追記1:(この記事の後、痛ましい事故が起きています。)三段目の響龍が死去 春場所13日目に負傷、頸椎損傷の疑いで闘病も 4/29(木) 15:29配信

 日本相撲協会は29日、三段目の響龍(境川)=本名・天野光稀=が急性呼吸不全のため28日に都内病院で死去したことを発表した。28歳だった。  春場所13日目、3月26日の取組で投げられた際、首付近から落ちた。うつぶせのまま、土俵上で動けず、たんかに乗せられ、救急搬送された。頸椎(けいつい)損傷の疑いで意識はあるが、首から下が動かない状態となり闘病していた。

追記2:グラスゴーコーマスケール:意識障害の患者が運ばれてきた時、大切なのはGCSでの正しい評価です。日本だとJCS(ジャパン・コーマ・スケール)が使用されていますが世界共通の意識障害の評価指標としてはGCS(グラスゴー・コーマ・スケール)を使用します。E(開眼)、V(言葉)、M(運動)に分けて考えます。正常な人はE4V5M6です。

追記3:全治と完治:医師から伝えられる「全治」は病院に通い、治療に要する期のこと。 そして似たような言葉である「完治」は、治って、日常生活に支障がない程度まで回復する期間のことを指す。

Categorised in: 全身病と眼