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2020年9月25日

12290:揺さぶられっ子症候群と間違いやすい硬膜下血種「中村I型」を知ってほしい:青木信彦医師インタビュー

揺さぶられっ子症候群と間違いやすい硬膜下血種「中村I型」を知ってほしい

清澤のコメント:揺さぶられっこ症候群と間違われやすい小児の硬膜下血種「中村1型」についてのインタビュー記事が助産雑誌74号633p-に載っています。要点を採録します。

  ――要点―――

児童虐待の「冤罪」が注目され始めている。子どもを暴力的に揺さぶって「乳幼児揺さぶられっ子症候群」(SBS)を発症させたと起訴され、親子分離となったケースに無罪判決が相次いだため,判断基準の妥当性が問われている。一方で,「疑わしきは罰せず」ということでは虐待を見逃してしまい、子どもを危険にさらすとの意見もある。論争は決着がつかないが,子育てに関わる助産師としては:SBSと混同じやすく冤罪につながりやすい「中村I型」と呼ばれる症状を知っておくと判断に役立つかもしれない。

インタビュー・構成・撮影:河合蘭

青木信彦 ベトレヘムの園病院院長:1944年,東京生まれ。1970年,東北大学医学部卒業。

大学医局に入局はせず,市中病院で消化器外科.心臓外科,整形外科の研修をする。1972年に旧東京都立府中病院で脳神経外科の研修を始めてから,2012年で院長として退宮するまで同病院に務める。現在はべトレヘムの同病院院長。専門は脳神経外科。

突然、児童虐待を疑われた同僚:

「中村I型を起こした子の親が,児童虐待を疑われている」という事実:10年ほど前に東京都立府中病院の同僚医師が,児童虐待の疑いをかけられ,わが子を児童相談所(以下,児相)に保護されてしまった。原因は,生後8カ月だったお子さんが転んで,大学病院の救急科でCTを撮影したところ,硬膜下血腫と眼底出血を起こしていたため。日本では,厚生労働省のいわゆるガイドライン(正しくは「子ども虐待対応の手引き」)に「90 cm以下からの転落や転倒で硬膜下血腫が起きることはほとんどない」と明記されています。

そして「家庭内の転倒・転落だ」などと親が言っていて硬膜下血腫を負っている乳幼児が受診したら,それは乳幼児揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome :SBS)を第一に疑うべきとされていますから,同僚夫婦は児童虐待の疑いが濃いと判断されました。「転倒では硬膜ド血腫や限底出血は起きない」と書かれた日本のガイドラインがあって, その結果,赤ちゃんと引き離されてしまう親が出ている。

赤ちゃんは、転倒しただけでも硬膜下血種ができる。

私は40年間余り,頭を打った赤ちゃんを診てきました。――

中村I型は,東京慈恵会医科大学名誉教授。中村紀夫先生が分類した小児頭部外傷の一つで,小児脳神経外科医の間ではよく知られています。中村先生は,東京大学脳神経外科助教授だった時代に,けがをした時の衝撃の強さで小児頭部の外傷を3タイプに分けたのです。誰が聞いても激しい衝撃だったと思われるけがをⅢ型,軽い力で起きたものをⅡ型, そして「日常のごくありふれた小さい事故」によるけがをI型としました。そして, I型は1歳前後の子に集中して起きる特殊なもので, ごく軽い事故なのに硬膜下血腫と眼底出血が見られると明記しています。――

脳神経外料の臨床の場にいると,赤ちゃんの月齢は6カ月から12カ月で,つかまり立ちができるようになったり,お座りができるようになった時にコロンと後ろに転倒して頭を打つのです。わあっと泣き,けいれんを起こすので,あわてて救急車を呼びます。

中村I型を起こした子の親は皆,虐待の徴候が見られず, ごく普通の, お子さんを可愛がっている方たちです。大半のお子さんに障害が残るSBSと違い,中村I型は軽症で9割のお子さんに障害は残らず,正常に発育します。ですから私は, 自分が中村I型と診断したケースは本当に単に転倒してしまっただけの子どもで,「虐待ではなかった」ということを長い歳月の中で確認してきた。

もちろん,私が診てきたお子さんたちの中に児童虐待が疑われるケースはあり,その場合

は,院内で検討の上,私も児相への通報を行ってきました。しかし,その場合は硬膜ド血腫と眼底出血だけではなく,脳症(強い外力が加わって起きる脳そのものの損傷`,脳浮腫ということもある)があるのが常です。

厚生労働省の「子ども虐待対応の手引き」にも,実は「硬膜下血腫,眼底出血,脳症」の三微候があったらSBSと診断されると書いてあります。しかし,脳そのものの正確な診断は専門医でなければ難しい。頭を打って意識混濁となった赤ちゃんを最初に診察するのは一般の小児科や救急科が多く,実際には脳症を除いた「硬膜下血腫,眼底出血」の二徴候で虐待かどうかを判断されてしまっている。小児の脳を見慣れている脳神経外科医はとても少ない。

中村1が他は日本に多く欧米に少ない

実は中村1型は,日本人に多く欧米では珍しい。中村I型は,畳やじゅうたんなど柔らかいものに頭を打った時に起きやすい。日本に特有な生活様式というものが関係しているかもしれない。

私は, 中村I型の26例をまとめて論文にして海外の学術誌に投梅した。それはAoki Reportとして米国の児童虐待の裁判で参考にされましたが,受け入れてもらえなかった。

米国や欧州で児童虐待のサインは,精神鑑定や児相の調査などから多面的に親を見て,総合的な判断をしている。赤ちゃんの症状だけで親が虐待したかどうかを決めるというやり力は批判されています。日本のガイドラインの作成メンバーに,小児の脳の専門家である小児脳神経外科医が1名も入っていない。

見極めがむつかしいからこそ

ただ最近は,以前に比べてこのことに疑間を感じる人が増えていて,司法の場では,児童虐待の裁判に無罪判決が増えています。日本では無罪判決が相次いでいるのは異例のことで,司法は既に問題点を理解しつつあるようだ。これは弁護士,大学教授らが「SBS検証プロジェクト」という組織を立ち上げ,活動してきた成果でしょう。また,テレビ番組,新聞,ネットニュース等での報道もだいぶ増え,たくさんの方が関心を持ってくれるようになりました。

中村I型でできた硬膜下血腫の多くは経過観察でよいが,血腫が脳を強く圧迫し続けている場合は,やがて脳実質障害が残る可能性があります。でも, 大泉門から穿刺して血腫を出してしまえば脳障害の発症を防げます。中村I型の9割は正常に発育しますから,避けられる障害を避けるためにも,小児脳神経外科医は,中村I型が広く知られてほしい。

頭のけがは大変複雑で,虐待によるものか,事故によるものなのかの判断は簡単ではない。でも「だからオーバートリアージは仕方がない」と考えたら,いつまでも冤罪が繰り返される。中村Ⅰ型を起こす赤ちゃんは,これからもずっと出続ける。助産師さんたちには, もし,生後半年か1年くらいの赤ちゃんが転んで,わっと泣いた後にけいれんと意識の混濁を起こしたとお母さんが言ってこられたら,中村l型というけががあることを思い出してほしいと思う。そして,小児脳神経外科医のいる病院を紹介してください。

インタビュー・構成・撮影:河合蘭

1986年より出産,不妊治療,新生児医療を追い続けてきた出産専門のフリージャーナリスト。著書に「卵子老化の真実」(文春新書),「未妊―‐「産む」と決められない」(NHK出版)、ほか多数。「出生前診断一出産ジヤ一ナリストが見つめた現状と未来」(朝日新書〕で,2016年科学ジャーナリスト賞を受賞。

Categorised in: 全身病と眼