お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2021年10月2日

13131:奈良井・鳥居峠・木曽福島;スーツ交通動画

清澤のコメント:中山道の自転車旅、中央西線に沿った旧街道の6巻。スーツ氏は鳥居峠で長野県歌「信濃の国」を歌います。私の生まれた須原宿までもう二宿です。江戸時代の旧街道の宿場を侮蔑したところが全く無いのが嬉しいです。次を楽しみにしています。

鳥居峠の戦いには、私の母の祖先の西尾氏も須原から木曽氏の臣下として従軍したという家伝があります。

天正10年(1582年):(https://ameblo.jp/siro-sengoku-bushou/entry-12221158940.htmlによれば、)鳥居峠の戦いは、2月2日と2月16日の2度あり、1度目は武田軍が辛勝。2度目は織田軍が勝利し、勝ちに乗じて桔梗原まで進軍した。

2月3日に信長が出撃命令を出しているので、2月2日の戦いは織田軍はまだ到着しておらず、木曽軍と武田軍で行われたと考えるのが妥当。

2月2日の戦い:裏切り者の木曽義昌討伐のため、武田勝頼は諏訪まで出陣し、一族の信豊を大将にして万全の態勢で攻め入ったものの、戦いは危うく負ける所まで追い込まれていた。勝ちに乗じて義昌の居城・木曽福島城まで攻め込む余力もなく、奈良井・犀川まで兵を引くという有様。これに織田軍が加わったら当然勝てるわけもなく、2月16日に大敗し、鳥居峠は完全に制圧されてしまった。勝頼は、もはや木曽義昌討伐どころではなく、一転して守る側になってしまった。

Categorised in: ご近所の話題