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2021年6月15日

12943:小林亜星さん死去 88歳 心不全 「北の宿から」など多数作曲;記事採録

清泡のコメント:私が大学生だったころ仙台の下宿の部屋で友人たちと寺内貫太郎一家をよくみたものでした。慶応医学部に入っていたというのですから、時代を超えた秀才だったのでしょうがそんなそぶりは見せませんでしたね。あの巨漢でしたから、心臓は大丈夫なのだろうかと思いましたが、長寿を全うされたのですね・初期のCMソングも耳に残っております。共演していた樹木希林さんももういません。

小林亜星さん死去 88歳 心不全 「北の宿から」など多数作曲

6/14(月) 16:20配信1741

スポーツ報知

亡くなった小林亜星さん

 作曲家として都はるみ「北の宿から」や日立グループ「日立の樹」などの名曲を生み出し、俳優としてもTBS系ドラマ「寺内貫太郎一家」に主演するなどマルチに活躍した小林亜星(こばやし・あせい)さんが5月30日、心不全のため死去したことが14日、分かった。88歳だった。

【写真】ドラマ「寺内貫太郎一家」での雄姿…忘れない  

小林さんが音楽に出会ったのは、小学生の頃。小児ぜん息のため、生まれ故郷の東京から長野・小諸市に引っ越したことで音楽にのめり込み、ハーモニカを演奏するようになった。終戦と同時に上京すると、音楽嫌いの父親に隠れ、ギターを抱えて米軍キャンプへ繰り出した。

 父のすすめで慶大医学部に進学したが、反発して3年生時に両親へ黙って経済学部に転部し、バンド活動に精を出した。1956年、大手製紙会社に入社したが、音楽への情熱は燃えたぎるばかりで、数か月で退社。作曲家・服部正さんの弟子になった。

 3~4年ほど不遇の時期を過ごしたが、61年にCMソングの処女作となるレナウンの「ワンサカ娘」が大ヒット。続けて同社の「イエイエ」も爆発的ヒットになり、CMソング作曲家の第一人者の地位を築く。その後もブリヂストン「どこまでも行こう」、トヨタ自動車「ちょっとうれしいカローラ」、ファミリーマート「あなたとコンビにファミリーマート」などを手掛けた。「ひみつのアッコちゃん」「魔法使いサリー」や「科学忍者隊ガッチャマン」「超電磁マシーン ボルテスV」「超電磁ロボ コン・バトラーV」などのアニメ主題歌の作品も数多い。

 また76年の日本レコード大賞を受賞した「北の宿から」やフジテレビ系ドラマ「裸の大将放浪記」シリーズの主題歌として親しまれたダ・カーポの「野に咲く花のように」を作曲。フジテレビ系「ママとあそぼう!ピンポンパン」の「ピンポンパン体操」や西武の球団歌「地平を駆ける獅子を見た」も手掛けた。最盛期は1年に300曲を制作し、生涯で手掛けた作品は6000曲を超えた。

 74年、役者デビュー作となった向田邦子さん脚本の「寺内貫太郎一家」ではいきなり主演を務めた。東京・谷中の石材店兼茶屋を営む寺内一家を舞台としたホームコメディー。久世光彦プロデューサーが「ドラマのアカがついていない方が、存在感が強烈に出る」と狙ったキャスティングが見事的中。小林さん演じる昭和の頑固オヤジがはまり役で、シリーズ化されるほど人気を集めた。

 ◆小林 亜星(こばやし・あせい)本名同じ。1932年8月11日、東京都生まれ。88歳。慶大卒。作曲は服部正氏に師事。CM曲は「ホラ、チェルシー もひとつチェルシー」「パッ!とさいでりあ」など。ほかにアニメ「魔法使いサリーのうた」など。76年「北の宿から」で日本レコード大賞を受賞。2015年、日本レコード大賞功労賞を受賞。趣味は釣り。

Categorised in: ご近所の話題