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2021年3月20日

12715:容疑者は性依存症との報道も 8人死亡の米アジア系マッサージ・スパ連続銃撃事件

清澤のコメント:黄禍論(イエローぺリル)が再発しているのであろうか?嘗ての排日運動と、今回の米国対中国強硬策には通じるものがありそうです。アンカレジでの米中交渉も相当激しい罵り合いになっている模様です。日本人も朝鮮人も、はたまた中国人も多くのアメリカ市民には区別がついてはいないと思われる。襲われたのは韓国系の店であったらしい。

黄禍論:

黄禍論(読み)こうかろん(英語表記)yellow peril

ブリタニカ国際大百科事典

日清戦争末期の 1895年春頃からヨーロッパで唱えられた黄色人種警戒論。 19世紀末にドイツの地理学者 F.リヒトホーフェンは,アジア民族の移住と労働力の脅威にふれ,黄色人種の人口が圧倒的に多いことが将来の脅威となるであろうと指摘した。日清戦争における日本の勝利は,ヨーロッパの白人の間に黄色人種に対する恐怖と警戒の念を強めた。ドイツ皇帝ウィルヘルム2世は,かつてのオスマン帝国やモンゴルのヨーロッパ遠征にみられるように,黄色人種の興隆はキリスト教文明ないしヨーロッパ文明の運命にかかわる大問題であるから,この「黄禍」に対して,ヨーロッパ列強は一致して対抗すべきであると述べ,特にロシアは地理的に「黄禍」を阻止する前衛の役割を果すべきであるから,ドイツはそのためにロシアを支援して黄色人種を抑圧すると主張した。この主張の背後には,ロシアを極東進出政策に向けることによって,ヨーロッパ,近東におけるロシアからの脅威を減殺してドイツのオスマン帝国進出政策を容易にしようとする政治的意図が存在した。この構想の最初の具体的表現が,三国干渉の対日行動であった。その後も,第1次世界大戦中の 1914年に日本がドイツの膠州湾租借地を占領した際にも黄禍論が唱えられ,また日露戦争後から 1920年代にかけてのアメリカの排日運動の際にも,黄禍論的な議論がしばしば行われた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 

ーーーー報道記事引用ーーーーー

安部かすみ | ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者3/18(木) 8:33

16日、米ジョージア州アトランタ市および近郊のマッサージ・スパ施設3ヵ所で相次いで銃撃事件が起こり、計8人が死亡、1人が負傷した。

いずれの店もアジア系が経営しているとされ、亡くなった8人のうち6人はアジア系、2人は白人だった(うち7人が女性、1人は白人男性)。その後、ロバート・アーロン・ロング(Robert Aaron Long)容疑者が逮捕された。3ヵ所での発砲は、ロング容疑者1人による犯行と見られている。

アメリカでは新型コロナウイルスのパンデミックとなった昨年以降、アジア系の人々をターゲットにした差別、嫌がらせ、ヘイトクライム(人種、民族、宗教、性的指向に係る憎悪犯罪)が急増しており、連日のようにアジア系の人々が被害にあった事件が報道されている。

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