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2021年2月21日

12679:「死について考えない」日本人を待つ壮絶な最期

清澤のコメント:こんな記事が出ています。死にそうな場面から回復したらやり残したこれをやりたいという強い意志がない状況ならば、重体であっても延命はしてほしくはないと私は思います。元の本も出ています。

ーーー記事の要点を採録ーーー

過剰な医療が患者の穏やかな死を阻んでいる

死をどう捉えるかは人それぞれだが、おそらく誰でも死を前にした苦痛を思えば恐ろしくなるだろう。

兵庫県尼崎市で、30年以上にわたり在宅医療に関わってきた長尾和宏氏が、2016年に刊行した『痛くない死に方』が、高橋伴明監督・柄本佑主演で2021年2月、実写映画として公開される。映画に描かれているように、いざ「その時」がきたとき、私たちははたして「痛くない死に方」を選択することができるのだろうか。原作者の長尾氏に話を聞いた。

「死について語るのはタブー」とする傾向強い

この10年でいわゆる終末期の過ごし方への人々の考え方は変わりましたか。

残念ながらほとんど変わりませんね。最近になって「終活」といった言葉がメディアで扱われますが、それでも「死について語るのはタブー」とする傾向は強い。

海外の多くの国では、死は避けられないものとして受け入れていく考えの下地がありますが、日本人にとって死は穢れ、忌み嫌うもの、という意識がまだ残っている。

何より医学においても、患者の死を扱う教育が確立されていません。そういう現状の中、一般の方が、自分たちの死にどう向き合えばいいかを考えろと言われても難しいですよね。さらに、医学が発達して高度な治療が可能になるほどに、自然かつ平穏な死を迎えにくくなってきているという気すらしています。

──医学発達のために平穏死ができないとは。

明らかに終末期に入っていると考えられる患者さんの場合でも、治療をしようと思えばどこまでも医療が介入できる状態にある。「医療にかかわればいつまでも生きられる」という治療信仰が強くなっているように感じます。でも、人は誰でも死ぬものです。医療の発達に伴い、「終末期」がどこにあるかが医療者にも見極められなくなってきて、曖昧になってきていることが問題なんです。

「枯れる」ように死ねれば「鎮静」は必ずしも必要ない

同じ病名であっても、その人の年齢や進行具合によって、また個人の状態によって当然異なりますから、どういった医療がその人にとっていいのか、明確な正解はありません。

しかし、例えば今回の映画で取り上げたような末期がんの人の場合、死に向かうまでにいくつか段階があります。どこで医療の手を緩めていくのか、抗がん剤治療のやめ時はいつかなど、医療者側からもっと意識するべきだと思います。

ーーー本当に末期の方の場合、過度な点滴や栄養剤は不要どころか苦痛を増すだけです。終末期の脱水を許容すると、やせて枯れていきます。脱水を自然なこととみて上手に見守ることができれば、大きな苦痛を伴わずに穏やかな最後期を迎えることはできるんです。

──「上手に枯れる」とは? 最近では、モルヒネなどの医療用麻薬を使用しても激しい痛みを取り除けない場合、鎮静薬を使って眠らせた最期を迎える方法もあると聞きます。長尾さんのいう「自然に枯れる」最後期の迎え方と、それとは異なるのですか。

私自身、勤務医だった35年前、同じことを終末期の患者さん全員にしていました。苦しむ患者さんを楽にしたいと思って。でも実際は逆でした。患者さんを苦しめていたのは、がんではなく私自身が指示した点滴でした。枯れていくことを見守り、待つことさえできたら鎮静は必要ないのです。

平穏に死ぬとは何か

一体、何がいけなかったのか実際のやりとりを記録したのが、この映画の原作となった『痛い在宅医』という本なのです。→次ページどんなふうに最期を過ごしたいのか、元気なうちに考える

自分はどんなふうに最期を過ごしたいのか、元気なうちからある程度でも考えておきたいですね。

自分の「最期」のあり方を考える

──患者が「リビングウィル (終末期医療における事前指示書)」を書くというシーンも出てきます。延命治療を含め、どこまで医療を受けるか受けないかについて書面にするというものですが、実際、元気なうちに家族とそういったことを話し合うのは難しい気もします……。

現実は患者さん自身もご家族も日々思いが揺れて、考えも刻々と変わります。また患者と家族と医者の思いはたいていの場合は三者三様なので、すれ違ったり葛藤の連続です。

医師は自分の意見を押し付けるのではなく、その揺れる思いに伴走する存在であるべき。どんな人生を送ってきたか、最期までどんなふうに生きたいかを時間をかけて話し合ってくれる医師を探すことが大切です。映画に描かれている世界は、私のチームの日常なんです。この物語と同じことを、毎日やっている。

──平穏に死ぬということは、最期までその人らしく生きられるかということでもありますね。

 平穏死といっても簡単にマニュアル化できるものじゃない。

この映画をしっかり見て自分なりに考えておければ、少なくとも「こんなはずじゃなかった」と悔やみながら死ぬことはないでしょう。

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Categorised in: ご近所の話題