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2020年3月2日

11572:「一灯をさげて暗夜を行く。暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め。」病院の治し方

清澤のコメント:病院の治し方 3月2日(月)放送第6話を見ました。今日の話題は相沢病院が救命救急センターとリハビリセンターを開設しようとしたときに、信州大学医学部や県の行政の中での保守的な勢力が反対して暗礁に乗り上げそうになったという事件をテーマとしていました。舞台を山梨県に、また八十二銀行を別の銀行名にコラージュしていました。長野県の医療を牛耳る信州大医学部に盾つくというのですから、当時の松本では住民の注目を浴びました。おそらくリハビリ病棟は、現在の 社会医療法人財団慈泉会 相澤東病院 のことであろうかと思いながら拝見しました。原著を購入して読みましたが、物語やドラマの形ではないのでこのドラマを見た方が面白かったです。

ドラマの概要:地域医療ネットワークが軌道に乗った有原病院をさらに充実させるため、有原修平(小泉孝太郎)は救命救急センターの開設を宣言する。再び始まった修平の暴走に周囲は大反対するが、倉嶋亮介(高嶋政伸)は短期間で赤字解消の見通しがたったことで銀行からの評価は上がっているといい、「勝算はある」と断言する。だが、その見立てに反し、事業計画書を見た米田正光(中村雅俊)から「可能性を感じない」と追加融資を断られてしまい…。

その中で紹介された重要な格言は:「一灯をさげて暗夜を行く。暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め。」

この格言は「一張の提灯を下げていれば暗い夜道も暗い闇も怖がることはない。ただ自分の足元を照らすその一つの灯りを頼りにして歩き進めばよい。」ということを言っており、
—どんなに先が見えないような窮地に陥ったような場合でも嘆き悲しんだり、惑うことなく自分自信の生き方、志を信じて進めばよいのだ―という意味。

この言葉を残したのは、 佐藤一斎(さとう いっさい)(1772~1859年)で、江戸時代の儒学者。34歳の時に朱子学の塾長となり、多くの門下生の指導にあたった。70歳の時に、幕府が設立した「昌平坂学問所」を統括する身となったとのこと。

40代から約40年かけて著した著書「言志四録」(げんししろく)には、学ぶこと、生きることの大切さが語られており、西郷隆盛はじめ幕末の志士に大きな影響を与えた。感銘を受けた人達がいろいろな場面で現代でも引用し活用しているとのこと。

2019.01.01proverbs-201912の光の格言を参照。 https://alg.jp/blog/proverbs2019-01/

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