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2019年8月14日

10990:バーンズ・コレクションと目薬

その昔、この町で知りあい、現在は東京に住むご婦人に勧められて30年ぶりに訪れたフィラデルフィアで個人の集めたフランス印象画派の絵を多数集めたコレクションを訪ねました。
バーンズ博士はペンシルバニア大を卒業した医師で、目薬で財を為したという事です(脚注参照)。

作者たちと個人的な交友があって集めたもので、現在の財団の運営にはペンシルバニア大学も関与しているとのこと。30年前のバーンズ邸は郊外にあったとか。その部屋組もそのままに市内に移転。入場制限が有って、今でも観覧には予約が必要。彼の在世中は相当な有名人でもケチを付ける人には見せなかったとか。残念だが、家内に言われてみると、レオナルド・フジタの絵は一枚も有りません。
印象派のルノワール181点、セザンヌ69点、そしてマティス60点、ピカソ46点などフランスの近代絵画を中心としたアルバート・C・バーンズの個人のコレクション。展示方法がユニークで作者別や年代別ではなく、バーンズの独自の感性と美学で壁一面に絵画が展示されています。

参考ページ:https://hypertree.blog.so-net.ne.jp/2013-09-28

脚注:アルギロールというのがバーンズの開発した薬剤です。Argyrolは1901年にBarnes and Hille Chemists Companyによって最初に市販された。バーンズのUSPTO登録が1902年に最初に発行されて以来、ずっと登録商標は有効でした。 1903年、Medical Newsは、BarnesがTri-State Medical Societyで論文を発表し、Argyrolを結膜炎、新生児眼炎、淋病性眼炎、中耳炎、尿生殖器感染症および尿道炎の治療に使用できると報告しました。1907年4月、バーンズはヒルを買収し、A.C.バーンズカンパニーを組織し、米国、英国、オーストラリアにある3つの本社からアルギロールの製造と世界への販売を継続しました。 Argyrolは特許を取得していませんでした。Barnesは、Argyrolの商標を通じて独占的に宣伝することを計画していたためです。

第二次世界大戦までに、アルギロールの使用による男性の衛生は、性的衛生のために米国および連合軍の性病防止技術で義務付けられました。抗生物質の出現により、予防は、単純な注射による治癒の見込みによって遠ざかりました。その後は、Argyrolの10%安定化溶液が処方箋なしで入手できたため、抗感染アルギロールはあまり頻繁には処方されませんでした。アルギロールは眼感染症の重要な治療薬であり、少なくとも1943年までは、他の部位の感染症の治療にも硝酸銀よりも好まれていました。この薬は、人間医学および獣医学のさまざまな条件に使用され、莫大な利益をもたらしました。バーンズはその資金で、主にフランス印象派の作品の膨大なコレクションを蓄積しました。これらは今日、彼の意志により設立された教育美術機関であるバーンズ財団の所蔵品です。絵画は2010年3月に250億ドル(3兆円)と評価されました。

Argyrolは、Zonite Products Corporationが1929年に会社を買収するまで、A.C.Barnes Companyによって製造されました。アルギロール製品は、薬剤師によってさまざまな濃度で調合され、薬局のラベルが貼られたボトルで一般に市販されました。また、A.C.Barnes Companyのさまざまな強度の溶液のパッケージで販売されました。何十年にもわたって一連の製薬会社がArgyrolを買収し、USPTOの公的記録に反映されているように、商標Argyrolを使用する権利を熱心に保護しています。商標はバーンズによって保護されており、法律の下で特定の保護をもたらした薬物の品質を保証し、評判を保護するとともに、Zonite Products CorporationがArgyrolの購入者にArgyrolの模倣品の購入に注意するよう正当に警告できるようにしました。模倣品には、アルギロールに似た競合化合物の薬剤師によって違法に置換された物質が含まれていました。(以下略)

追記:上図の如く、米国でのその製造は1991年に中止され、現在もベトナムでは市販(上図右)されているという事です。

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