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2019年3月16日

10542:「妹は視力も奪われ、苦しみなお」 地下鉄サリン事件24年:記事紹介

毎日新聞2019年3月16日 10時56分

神経眼科医、清澤のコメント:3月20日は地下鉄サリン事件のあった日です。あの日、私は9時半ごろに小松診療所での外来を担当するため、丸ノ内線銀座駅で降りました。銀座駅では「日比谷線ホームでガス漏れ事故なので、日比谷線ホームは立ち入り禁止」との放送が流れていました。地上に出たら、空には多くのヘリコプターが旋回し、何事かが起きていました。診療開始と共に、瞳孔が針孔の様に縮瞳し、視野の暗さを訴える患者が多数押しかけてきました。これは、眼科医ならだれが見ても「急性有機リン中毒患者」の症状。つまりサリン。それは安易には口にすべきではない言葉と、診断名をしばし飲み込みました。しばらくして警察官がサリンテロらしいと告げに来て、それで納得。大学の教授に電話を入れ、それら10人ほどの患者さんには、御茶ノ水の東京医科歯科大学に回っていただきました。私が東京に出てきたのは平成4年なので、それはまだ私が東京に慣れてはいなかった頃の思い出です。――地下鉄サリン事件は1995年(平成7年)3月20日に、東京都で発生した同時多発テロ事件でした。下の記事を読むと、お気の毒ですが、呼吸停止による強い低酸素状態の結果で大脳、殊に後頭葉視覚領に層状壊死(laminar necrosis )を生じて視覚も侵されたことが考えられます。( Ref: Suzuki Y, Kiyosawa M, Mochizuki M, Ishii K, Senda M. Cortical blindness following aortic arch surgery. Jpn J Ophthalmol. 2001;45(5):547-9. )

  ――――――

 13人が死亡、6000人以上が負傷したオウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年)から20日で24年。浅川一雄さん(59)の妹幸子(さちこ)さん(55)は重い障害を抱え、意思疎通も難しい。昨夏、同事件などに関与した教祖の松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚ら13人全員の死刑が執行され、加害の中心的存在はこの世にいない。だが、浅川さんと幸子さんの苦しみは今も続いている。【川名壮志】

―――― あの日、幸子さんは地下鉄丸ノ内線で被害に遭った。浅川さんがあわてて病院に駆けつけると、集中治療室でけいれんしている幸子さんがいた。サリン中毒による低酸素脳症。視力を奪われ、人工呼吸器につながれていた。悲憤で痛みも忘れて壁や床を何度も殴っていた。―――

 報道機関の取材に実名で応じることはできなかった。事件当時、長男は6歳、長女は2歳だった。「妻や子供が巻き込まれたらと思うと怖かった」と振り返る。

――― 事件から10年過ぎたころ、同僚から「あの事件って、もう全部終わったんだよね」と真顔で言われた。幸子さんは8年半の入院後、浅川さんが自宅で介護していた。うまく意思疎通ができず、知能は「小学校低学年程度」に退行したままだった。「被害が続いていることを知ってほしい」。その頃から実名で幸子さんの苦しみや自分の思いを少しずつ語るようになった。

―――― 2017年10月から、幸子さんは原因不明のけいれんがあり、再び入院している。医者から「いつどうなるか分からない」と伝えられている。今年で定年を迎える中、幸子さんを誰が、どう支えていくのか、不安は尽きない。

 浅川さんは訴える。「オウムは国家転覆を狙ってサリンをまき、さっちゃんは国の身代わりにされた。被害者がいつも置いてけぼりなのは悲しい。僕が死んでも、さっちゃんが一人で生きていける安心がほしい」(引用終了)

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