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2019年2月3日

10443:顔真卿「祭姪文稿」の書き下し文;引用です

顔真卿は 眼神経ではありません。眼神経(N. ophthalmicus)は、三叉神経第1枝で、三叉神経節より始まり、上眼窩裂から眼窩に入って、眼窩内、前頭部・鼻腔などの知覚を司る神経です

顔真卿(がんしんけい)の「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」

 東京国立博物館で開催中の書の特別展「顔真卿(がんしんけい) 王羲之(おうぎし)を超えた名筆」(24日まで)。

「祭姪文稿」は書聖、王羲之と並び称せられる書の巨人で唐時代の官僚、顔真卿(709~785年)の代表作。これは、不幸にも反乱で殺害された姪を悼んだ書とのこと。書の歴史を多角的に概観できる。「祭姪文稿」は台北・故宮(こきゅう)博物院の至宝。



【口語訳】
乾元元年(758)、戊戌の年の九月庚午朔、3日壬申、第13番目の叔父で、銀青光緑大夫、使持節蒲州諸軍事、蒲州刺史、上軽車都尉・丹楊縣開国侯の眞卿が、酒食をお供えし、亡き姪で、朝廷から賛善大夫の官職を追贈された李明の霊魂をお祭りいたします。
お前は、ぬきん出た資質をもってこの世に生まれ、幼い頃から才徳をあらわし、我が顔氏一族の俊英として、朝廷で活躍するであろうと、常に人々の心を喜ばせており、究極の出世が約束されていました。
なのに、逆賊・安禄山が隙をうかがい、兵を挙げて反乱を起こすなどとはどうして予想できたでしょう。
お前の父、杲卿(こうけい)は、皇帝陛下に忠誠を尽くしていたため、常山群の太守(知事のこと)を拝命しており、私もその時、陛下の命を受けて、平原の太守として任地におりました。
杲卿仁兄は私を大切に思って下さっていたので、お前に伝言を持たせて私のもとによこし、お前が戻ると、力をあわせて要衝の土門閑を敵から奪回し、この土門閑が解放されたことにより、逆賊どもの勢いは大いに弱まったのです。
ところが、不忠の臣・王承業が援軍を出さなかったばかりに、杲卿が守っていた常山の城は孤立し、包囲され、父は捕慮となり、子は死に、あたかも巣が傾き、中の卵がくつがえるかのようになってしまいました。
この禍が天のあずかり知らぬところのものであったなら、いったい誰がこの苦痛を与えたのでしょうか。
お前が、こんな残酷な目にあったことを思うと、百度身代わりになったとしてもどうしても償えましょう。ああ、悲しいことです。
私は皇帝陛下の御沢を受け、転任して同州、次いで捕州の刺史となりました。お前の兄の泉明が近ごろ常山に訪き、お前の首を納めた棺を携えて戻ってきました。
お前があまりにも可哀想で胸がはりさけ、心も顔もふるわせつつ嘆きいたんでいます。しかるべき日を待ち、しかるべき所にお前の墓を設けましょう。霊魂となったお前がこのことを知ったなら、よるべない身を嘆くこともなくなるでしょう。
ああ、悲しいことです。どうかお供え物を受け取って下さい。 (意味は芸術新聞社「墨」第127号(1997年)の記事より)

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