お問い合わせ

03-5677-3930WEB

ブログ

2019年1月9日

10377:欲無ければ一切足り、求むる有りては萬事窮す

201901030804

清澤のコメント:近所にある工務店の木工場の前の緑道に小さな手作りの五輪塔と六地蔵があり、その周りには格言を書いた板切:前回は「あるべきようは」(https://www.kiyosawa.or.jp/uncategorized/44937.html.)年が改まって、古い板のいくつかが取り除かれ、新しいものが一枚置かれました。その内容を説明した文章を借用いたします。良寛さんの言葉だったのですね。これは、ちょっと良い感じの格言です。

新年になって、「本年もよろしく」との挨拶に多くの方々が医院を訪ねてきてくださっています。

ーーーー

  出雲崎の名主の息子に生まれ、家を継いでいれば安定した生活ができたはずの良寛が、なぜそれを望まず出家して僧になったのか。それも風来坊のような乞食僧になる道を選んだのはなぜだろうか。晩年には長岡藩主である牧野忠精が直々に五合庵まで来て、長岡に寺を建ててお迎えするからと、請願したのさえ断っているのである。なぜそこまで自分に厳しくしたのか。良寛は自分の心境を次のように書いている。

無欲一切足      欲なければ一切足り

有求万事窮      求むる有りて万事窮す。

  欲があるかぎりいつまでたっても人は満足できない。欲しいと思う気持ちには限りがなく、足るを知ることができないから、最後は行き詰まる。欲に走れば万事窮すると良寛は信じているのだ。だから何も欲しがらない、何も望まない。ただ与えられた自分をそのまま満足して受け入れるというのである。

  良寛は人間が欲望にとらわれている限り救いはないと信じた。彼は「無一物になっても足りる」という貧の生活でそれを乗り越えたのである。(中野孝次著、風の良寛、集英社刊、P.146  良寛和尚、その2、無一物の思想 (No.905 10/12/01)  https://weltgeist.exblog.jp/12404239/より借用)

Categorised in: ご近所の話題